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少しだけ先の未来

作者: 森村征爾
掲載日:2026/10/06

少しだけ先の未来


松山市では、毎年10月7日に秋祭りが行われる。


各地域の神輿を担ぎ、街を練り歩く。


全国から見れば、少し不思議な光景かもしれない。

昼間から会社を休んだり、学校が休みになったりする地区さえある。


それほど松山人は、秋祭りに妙なほど気合いが入っている。


私の地域もそうだった。


子供の頃から子供神輿を担ぎ、中学を卒業すると今度は大人神輿の仲間入りをする。


真夜中には大人神輿と共に子供たちも神社へ向かい、神事を受ける。

真夜中に遊べるのが楽しくて毎年参加していた。


そして翌朝。

テレビ中継のカメラが並ぶ中、神輿を担いだ大人たちが街を走る。

勇ましい大人たちの姿は私の中では一番カッコいいと思えた。


そんな秋祭りだが、私にとって忘れられない思い出がある。


高校三年の秋。

部活も進路も決まり、私は最後の秋祭りに参加することになった。


大人神輿では、どこを担ぐかを「入り札」で決める。


まず三つのグループに振り分けられ、その中から最後は入り札によって担ぐ位置が決まる。


私は正直、大人神輿を担ぐのが嫌になっていた。


重いのだ……。

とにかく重い。


だから、札を引くときは心の中で祈った。


ハズれろ……。


ハズれてくれ……。


はい、あなたの予想どおりである。


私は見事に、神輿の真横を担ぐ札を引いた。


こうして私は秋祭り当日、全国中継の中で神輿を担いで走ることになった。


真夜中になると、身を清めるため海に入る。

10月の海水は、寒いなんてものではない。

神様からすれば、清められた身体に満足していただけるのだろう。


しかし、当時の細い私にとっては、ただただ痛くて辛かった。

真っ暗な海に入る怖さもある。


私は下半身だけ海水に浸かり、さっさと出ようとした。

すると、入り札を外れた大人たちが、嫌がらせのように言う。


「ちゃんと清めろ」


ぬぐぐ……。


ならば、と私は頭まで海水に浸かった。


そして出る。

見回すと、頭まで海に浸かったのは私だけだった。


何をやっているんだ、私は……。


そんなことを思いながら、次は神社へ向かった。


真夜中。


百キロ近くある神輿を担ぎ、階段のある神社の頂上まで上がる。

もはや、死にかけた魚である。

ヘロヘロになりながら、ようやく頂上へたどり着いた。


やがて他の地域の神輿も到着する。

無事に神様が神輿に入り、今度は階段を下りる。


膝も腰も悲鳴を上げている。

だが、交代はできない。

入り札制度、恐るべし。


階段を下りる頃には、夜が明けていた。

他の地域の神輿も次々と並び、テレビ局も続々と集まってくる。


担ぎ手たちは朝食を済ませ、祭り用の衣服に着替える。


褌のみ。


上半身裸である。

子供の頃から、大人たちの勇ましい姿を見てきた。


だから恥ずかしさはなかった。


むしろ、「見てくれ!」

くらいの気持ちだった。


そして外へ出ると。


……雨。


褌は木綿である。

しかも私の地域の褌は、真っ白だった。

他の地域は赤や黄色。

濡れたところで、さほど問題はない。


しかし、白い木綿が雨に濡れれば……。


全国中継である。


放送事故は免れない。


いやいや。


これは神事なのだ。

そう自分に言い聞かせ、気持ちを切り替えた。


神輿の周りに大人たちが集まる。

私も任された位置についた。


そして――。


「エイ、ヤッ!」


一斉に声を上げ、神輿を担ぎ上げた。


その瞬間だった。


不思議な現象が目の前に現れた。


周りの人間が、ゆっくり動いている。


近くで誰か叫んでいる。

だが、何を言っているのか聞き取れない。


そして神輿が――

私の方向へ向かって落ちてくる。


あ……。


担ぎ上げに失敗した。

そんなことを、私は妙に冷静に考えていた。

百キロ近い神輿が身体に被さったら、最悪、死ぬかもしれない。


そう思った、その一瞬。


逃げなければ。

そう考えて地面に目を向けた。


すると――


神輿の下を、誰かが走っている。


透けている。


私だった。


「なんだ、これ……」

透けた私は、神輿の下を走り抜けようとしている。


そして私は、その後を追った。


次の瞬間。


神輿が地面にひっくり返った。


大きな音が響き、神輿の一部が破損した。



怪我人は一人も居ない、私も無事だった。

近くで見ていた同級生が、青ざめた顔で駆け寄ってきた。


「死んだかと思ったぞ……」

私は、何と答えていいのかわからなかった。


だから、こう返す。

「先が見えたから……」

それしか言えなかった。


破損した神輿はすぐに修復された。


そして私はというと――


雨に濡れて、透け透けになった白い褌姿で、無事、全国中継デビューを果たした。




あれから32年。


私は、秋祭りには一切参加していない。

もう二度と参加するつもりもない。


そして今。


私は書斎で小説を書いている。


あのとき見えたものが、本当に何だったのか。

今でもわからない。

ただ一つだけ、確かなことがある。


あの瞬間。


私は、ほんの少し先の世界を見た。


神輿が落ちること。

自分がそこから逃げること。


その後も私は生きていること。

あのとき少し先の世界が見えたから。

私は今、ここにいる。


そして今日も、小説を書いている。

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