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気をつけてください!異性に恋愛相談する令嬢は、貴方を狙っています!

作者: 広居 かな
掲載日:2026/09/11

「どうやら婚約者と上手くいってないらしいんだ」


相談に乗ってて遅れた、ごめんと、汗をかきながら約束の時間に遅れてカフェにやってきたのは、コリンヌの婚約者、アーサー・ノリスだ。


「誰のこと?」

「ああ、ビビアン・ペレス子爵令嬢だよ」


「なんで、アーサーに?」

「……えーっと、婚約者が僕と同じクラスで、彼の様子を聞きたいと……」


コリンヌは先に注文していた紅茶を一口飲み、

「図々しいわね」と言った。

アーサーは不思議顔をして、なんで?と聞く。


「だって貴方は侯爵令息よ。子爵令嬢が声をかけるなんて」

「いや、忘れ物をして、一度教室に戻ったんだ。そしたら声をかけられて……」


だからそれが図々しいのよ、とコリンヌは、カップを音もなく置く。


「何故、たかが子爵令嬢が貴方に声をかけるのよ。爵位が上の者に」


学園内では爵位は関係ない。身分にこだわらず交流を大切にせよ。

確かにそんな時があった。五年程前までのことだけれど。

結果、婚約解消、婚約破棄が横行した。その先頭が王太子だったのだからどうしょうもない。

淑女の鑑と云われた公爵令嬢でなく、男爵家の庶子を選んだのだ。理由は表情が豊かで自分を頼ってくれたからだと。

同じように高位貴族子息は下位貴族令嬢に惹かれ、卒業パーティーではあちこちで婚約破棄が行われ、修羅場になったらしい。

今でも卒業パーティー修羅場大事件として語り継がれている。



以上を踏まえて、学園の規律が変わった。


爵位を尊重し、身分をわきまえる。

マナーをとことん叩き込む。


今まで成績順だったクラス分けは、高位貴族、下位貴族に分かれて、その中から更に成績順で分かれることになった。

努力でトップクラスに入り、卒業後は公爵家や侯爵家の侍女や侍従を目指していた子爵男爵子女らは高位貴族と知り合う機会を失った。


だが、コリンヌは悪いこととは思わない。

学園は社交場の縮図だ。学生の間に身分差をしっかり理解すれば、いずれ社交場で身を守ることになるだろう。

コリンヌは決して身分差別をする人間ではない。一番気を許している侍女は子爵家出身だし、頼りにしている護衛は男爵家出身だ。ならば、自分は支え守ってくれる者のために相応しい働きをしなければならない。それが貴族としての矜持だ。


だが、コリンヌの婚約者アーサーはそうではないらしい。


「だって泣いてたんだ。可哀想だろ」

「私を待たせたら可哀想とは思わなかったのですか?」


アーサーは一瞬グッとした顔をしたが、

「思ったよ!……でもほっとけなくて」


アーサーは分かってなかったのかと溜息をつく。


学園の規律は、下位貴族に負担があるように見えるが、その実、高位貴族にも正しい振る舞いが求められる。爵位が下の者を虐げない事はもちろん、正しく導く。この加減が難しい。少しでも物言いが強くなれば虐げられたと思われ、軽く接すると特別だと勘違いされる。


家門のために侮られてはいけない。隙を与えてはならない。

まだ学生であるのだからそこまで……、と声もあったが、自由にしすぎたからこそ起きた卒業パーティー修羅場大事件があるのだ。


元々アーサーは事勿れ主義だった。

「まあいいじゃないか」が口癖で、問題が起きても対岸を見る様で、解決した後に「良かったよ、まとまって」と言う。


学園の文化祭の時もクラスで意見がぶつかったときがあった。その時も、


「どちらが良いなんて言えないよ。両方とも素晴らしいし、僕は皆の決めた事に従うよ」と曖昧な態度。

クラスメイトはしっかりした意見や意思表示が欲しかったのだ。メリット、デメリットを出し合い、より良いものを作り出そうとしていたが、アーサー本人はその様子を微笑ましく見守っていたつもりらしい。

ここぞという主張がない。だから流されるのだ。


「で、どういう内容だったの?」

「……いや、それは内緒にしてくれと言われて」


珍しい。アーサーが口籠るなんて。コリンヌの目が瞬く。


「どうして?」

「……恥ずかしいからだって」


「初めて会った異性に相談事をする方が恥ずかしいと思うけど」

「〜〜っ!と、とにかく言えないんだ!」


アーサーはそう言って席を立ち、注文も何もせず、カフェから走り去った。


「本当に珍しいこと」

と、あれほど流されるタイプのアーサーが口を割らずにいるなんてと、コリンヌは呟いた。


「ビビアン・ペレスねぇ」

まさかアーサーからこの名前を聞くなんて思わなかったコリンヌは、一人、季節限定イチジクのタルトを堪能してからカフェを後にした。




アーサーは馬車の中で息を整えながら、

「内緒だと約束していたのに、婚約者と上手くいっていないと話してしまった……」と頭を抱えていた。

コリンヌは遅刻に厳しい。カフェに入り、ジロリと見られた瞬間、頭が真っ白になり口が滑った。


「……大丈夫。相談事を聞いただけだ。それしか言っていない」


ビビアンは婚約者に歩み寄っても距離が縮まらず悩んでいた。無口で話も続かない。勉強ばかりでデートもしない。自分の前でだけなのか、学園ではどうなのか知りたかったらしい。

ビビアンの婚約者アルベルト・アストンは伯爵家次男で、いずれは伯爵家の持つ男爵位を継ぐという。婚約者との会話を交わせないまま婚姻してもいいのか不安だそうだ。


「緊張しているのでは?」

「……そうでしょうか」


アーサーも最初は面倒くさいと思いながら答えていた。コリンヌとの約束の時間も迫っていたし、早く話か終わらないかと思っていたが、

ビビアンの次の一言に打ちのめされた。


「アーサー様のような方が婚約者だったら良かったのに」


コリンヌがその場にいたら、なんと無礼な!と怒り狂っていただろう。初対面で名前呼び。学園で最も禁止されている一つだ。

しかし、アーサーは気にならなかった。それよりも二年前からコリンヌと婚約していて、一度も言われたことのない言葉を、瞳に涙を溜めて、上目遣いて見つめながら言われたのだから、アーサーがドキュンとくるのも仕方がない。

その上、


「今日話した事は、アーサー様と私の二人だけの秘密にしてくださいね」

「二人だけの秘密……」

「約束ですよ!」


ビビアンはギュッとアーサーの手を握りしめた。

コリンヌとはエスコート以外で触ったこともないのに、ビビアンのその手は小さく温かくて、アーサーの胸の鼓動を速くした。




コリンヌは、カフェを出た後、アストン伯爵家に来ていた。

アルベルト・アストンはコリンヌの従兄であり、幼馴染でもあった。



「相変わらずもさ苦しいわね。前髪くらい切ったら。眼鏡も伊達でしょ」

「注目されるのが嫌なんだよ」


実はアルベルト、かなり整った顔を持っている。十人いたら全員が振り返るほど。

それは幼い頃からで、何度かその美しさで誘拐未遂が起きているほどだ。

コリンヌも幼馴染でずっと一緒にいたにもかかわらず、真正面からアルベルトを見ると、「うっ眩しい!」と思う程だ。

だからこそアルベルトが自分の顔を隠すのは仕方のないことだが、コリンヌは、もったいないと思っていた。


「ビビアン・ペレス嬢がアーサーに接触したわ」

「何!?」

「あの娘は私を貶めようとしているみたいね」


コリンヌはビビアンと面識があった。一方的に妬まれているというか、嫌われている。



ビビアンと初めて会ったのは、王家主催の子供を対象にしたお茶会の時で、まだ顔を隠していなかったアルベルトは令嬢達に囲まれていた。

「どいて!どきなさいよ!!」

数ある令嬢を押しのけてやってきたのはビビアン。


「あら、貴方素敵ね!名前はなんていうの?」

とビビアンは、アルベルトの隣に座っていたコリンヌを押し飛ばし席に腰を下ろした。

「キャッ!」

「コリンヌ!」

倒れ込んだコリンヌに、アルベルトは直ぐに駆け寄り抱きかかえた。


「そんな子ほっといて、私とお話しましょうよ!」

悪意なくニコニコするビビアンに引きながら周りの令嬢達も「コリンヌ様!」と駆け寄る。


コリンヌは、アルベルトに抱えられながら、

「貴女は確か、ペレス子爵家のご令嬢ね。無礼だわ」と言うと、


「何よその態度!私は子爵令嬢よ!皆跪くのよ!」

ビビアンは怒声を上げる。


「何を言ってるんだ!ここに居るのは君よりずっと爵位が上の人間だ!コリンヌだって!」

と、アルベルトはビビアンを睨みつける。


「はあ!?子爵令嬢の私が一番偉いんでしょ!」

「……!」

その場にいた全員があまりの無教養さに呆然とし、静まり返る。


「ビビアン!!」

保護者席にいたビビアンの両親である子爵夫妻が急いで駆けつけ、ビビアンを捕まえる。


「パパ!ママ!こいつらが!」

「黙れ!申し訳ございません!」

「はあ!?何で謝るのよ!」

「いいから頭を下げなさい!」


ビビアンの両親が頭を掴み下に押しやる。

「痛い!痛い!なんで!」と叫ぶビビアンをよそに、ひたすら頭を下げる。


「ペレス子爵、ビビアン嬢の教育はどうなっているのかしら。爵位の上下も分かっていないなんて……。これは家から正式に抗議させていただきます」


コリンヌはアルベルトに抱えられながら立ち上がり、ビビアンの両親にそう言った。


「私の家からも」

「私も」

「私も」

周りの令嬢達も同様に続いた。

もちろん、アルベルトも。


「伯爵家が子爵家よりも家格が低いなんて初めて知りました。僕も家から抗議させていただきます。身の程知らずなご令嬢に、しっかり教育してください」

と、皮肉まじりに伝えた。


「はい!申し訳ございません!!」

子爵と夫人は平身低頭して謝罪し、ビビアンを連れて退場したが、ビビアンは去り際にコリンヌを睨み、「よくも恥をかかせてくれたわね」と言い残していった。


「……大丈夫?」

「ええ、平気よ。手をついたときにちょっとかすり傷を負ったくらい」


「ごめん。僕のせいで……」

「何言ってるのよ。アルベルトのせいではないわ。あの娘が常識知らずなだけでしょ。

……それにしても驚いたわ。子爵家が一番偉いなんて言う者がいるのね」


「そうだね。両親はまともに見えたが」

「確か、子爵夫妻は遅い婚姻で、ビビアン嬢は一人娘のはずよ。甘やかしすぎたのかしら」


後日、大量の抗議文が送られたペレス子爵は、これまた大量の謝罪文を書いた。


甘やかしすぎた。

家庭教師は付けていたが、隙を見て逃げ出す。

領民を見下し、頭を下げさせ喜ぶ。

度々叱責はしていたが、意に介さず、

周りにビビアン以上の家格が居なかったことも要因と思い、

自分が井の中の蛙だと分からせるためにお茶会に参加したが、まさかこれほどとは思いもよらなかった。

親として反省するばかり。

これからは厳しく教育する。

どうか許していただきたい。


謝罪文が届いた家は、

ビビアンは典型的な田舎貴族のお姫様だと位置づけ、まだ十歳ならば教育し直す事も可能だろうと謝罪を受け入れた。


当のビビアンは、「バカにされた」と怒り狂って癇癪を起こしたが、貴族は子爵以外にも爵位があって、子爵は下位貴族だと理解した時はさすがに青褪めたようだが、そんな事は基本中の基であって、家庭教師も「教えた事が身についていない」と自信をなくし、ペレス家を去った。


監視の中で逃げ出すこともできず教育を受けるビビアンは、何とか……本当に何とかだが、学園入学までに淑女としての最低ラインには辿り着いたようだった。



「ずっと忘れていたけど、学園に入ってから、廊下ですれ違うたび、ビビアンに睨まれるわ、睨まれるわ。私憎しで、アルベルトの事はすっかり忘れたみたいね」

「外見があの頃と違うからね」


そう。あのビビアンのやらかし後、アルベルトは前髪を伸ばし、伊達メガネで顔を隠した。自分のせいでコリンヌを危険な目に遭わせたからだそうだ。

キラキラからモサモサになったアルベルトは外見こそ変わったが、中身は変わらない優しいままだ。


「ねえ、聞きたいことがあるんだけど、何故アーサーと婚約したの?」

「ああ、可もなく不可もなくだからよ」


「可もなく不可もなく……」

「そう。国のために働きたい私の邪魔にならない相手を母が選んだのよ」


「叔母様が……」

「成績も良いし、外見も悪くないわ。ただ流されやすい所に注意していれば、私に影響はない。彼が自分の立場をしっかり理解していればね」


でもビビアンが関わっているのなら……。



コリンヌの思っていた通り、アーサーとの交流がガクンと減った。コリンヌは仕事も捗るから別に気にならないが、その理由がビビアンである事に「やはりね」と溜息をついた。

アーサーには影をつけてあるため、ビビアンとの逢瀬は報告済みだ。



「ねえアルベルト。貴方、いつ婚約したの?」

「は!?」


「報告受けてないけど」

「してないよっ!」


「ビビアンは貴方と婚約していて、虐げられてるとアーサーに相談してるわ」

「え!?え!?……あれ以来、話したこともないし、顔も合わせたことないけど!」


「そうなの?」

「もちろん!!」


アーサーにつけた影からの報告によると、

アルベルト・アストンと婚約したものの、会話もなく、家にも呼んでもらえず、贈り物も当然ない。

自分は一生懸命歩み寄ろうと話しかけるものの無視される。


「……と言ってるみたいよ」とコリンヌが言うと、

ブンブンと音が聴こえるくらいアルベルトは首を振って否定した。


「ある意味凄いわよね」

アルベルトは学園でほとんど話さない。クラスメイトとも交流はほぼ無い。

だからビビアンと婚約したなんて話題にもならないだろう。

多分、ビビアンはそれを情報として持っていて、アルベルトの名を使っているのだ。

ただ、コリンヌとアルベルトの仲まで調べ上げられない所がビビアンの力の無さというか、甘いのだが。



あれだけ気が強かったビビアンが今はか弱く庇護欲を誘う令嬢になっていて、どうやらアーサーはそのビビアンの手管にメロメロになっているらしい。

毎回「アーサー様が婚約者だったら……」に言葉をつまらせ、「僕も君が婚約者だったら……」と抱きしめているようだ。

ビビアンはコリンヌからアーサーを奪う気満々だ。


「あらあら」としか言いようがない。アーサーは純粋に恋に落ちているのだろうが、ビビアンは多分、コリンヌの婚約者を奪い、自分の方が上だと言いたいのだろう。まったく比べ物にならないのに。あの頃とまるで変わってないビビアンに、あれだけ謝罪した子爵夫妻が可哀想でならない。



「で、これからどうするの?」

と聞くアルベルトに、


「そうね、とりあえず、アーサーとの婚約は解消かしら。可もなく不可もないどころか、ハニートラップを仕掛けられたら、直ぐに引っ掛かることが分かってしまったもの。

事勿れ主義のアーサーが私に内緒事を作った時点で伴侶として相応しくないわ」


あ〜あ、まさか兄と同じ道を歩むことになるとは。とコリンヌは嘆息する。


コリンヌの兄は、あの卒業パーティー修羅場大事件で、婚約破棄を告げた内の一人だ。

幸い、両親にかなり叱責された兄は、謹慎し、毎日反省文を書かされ、奉仕をすることで、やっと許された。幼い頃から婚約していた令嬢は、兄を慕っていたし、若気の至りと兄を許して、今はコリンヌの義姉である。


「愛と信用は違うものよ。いくら愛していても、信用できるかといったら、あの時の景色が浮かんで信用できないわ。

だから、これから彼がどう信頼回復に努めてくれるのか、時間はかかるけど見極めていきたいの」

と、義姉は、昨年産まれたばかりの息子を抱いて微笑む。


その側で兄は「すまない。頑張ります」とコメツキバッタの様に頭を下げる。


「二度はないわよ」と兄に愛しい息子を抱かせる義姉は、妻として母として譲れない矜持を持っていて、コリンヌの憧れだ。



アーサーに対して愛も信頼もないコリンヌは、アーサーが何をしようと構わない。ただ、コリンヌの評判を貶めるのなら、覚悟はしてもらおうと思う。ビビアンと共に。


「叔母様は何故、僕をコリンヌの婚約者に選んでくれなかったのか」

アルベルトがふと口走る。

「候補として話はあったわ。でも貴方は目立つことを嫌っていたし、断ると思ったのよ」


「断るなんて……」

「それに私も貴方に断られたら傷つくわ」



「……」

「……」


二人が真っ赤になった顔を隠しながら、無言で紅茶を飲み、菓子をつまんだ姿は、もちろん侍女や従者によって、コリンヌの母に報告されていた。その事を知ったのはもう少し先の話。



「お久しぶりね」

「……」


学園近くのカフェで、コリンヌとアーサーは久しぶりに顔を合わせていた。


「……あの」

「何かしら」


「卒業パーティーの事なんだけど」

「ええ」


「エスコート……」

「ああ、しなくていいわよ」


「え?」

「私、仕事があるから」


「そ、そうか!そうだよね、コリンヌは忙しいからなっ」

「そうね」


「じゃ、じゃあ、ビビアン嬢をエスコートしてもいいかな。彼女、婚約者からドレスもアクセサリーも贈られてなくて、エスコートの申し出もないって泣いてるんだ。相談されて……。

コリンヌをエスコートする必要がないなら、ビビアン嬢をエスコートしてもいいだろ」


「いいわよ」

「そうか!じゃあ!」


アーサーは席から立ち上がり、注文した紅茶を飲むことなくカフェから走り去った。


「彼はあんなにも頭がお花畑だったかしら。

お母様に文句を言わなくてはね。可もなく不可もないどころか、不可不可不可だわ」


コリンヌは運ばれてきた二人分の紅茶と菓子を眺めて、独り言ちた。



「私がどんな立場なのか、彼は忘れているようだわ」

コリンヌはカフェを出た後、またまたアストン家に来ていた。ごめんなさいね、菓子はいらないわと給仕を断って話を続けた。


「ノリス家にはもう話はつけてあるわ。ペレス家にもね。知らないのはアーサーとビビアンだけ。

その事で忙しく学園に行けていなかったんだけど、その間に二人は盛り上がっていたみたいね」


報告を聞いて引いたぐらいよ、と、コリンヌはうげぇという顔をする。


「婚約者はドレスもアクセサリーも贈ってないみたいよ。私も貰ってないけどね!」


ああいうお花畑の人間って大っ嫌い!もっと学園の規律を厳しくしてもいいんじゃないかしら!と、何かに八つ当たりしたいけど我慢しているコリンヌを可愛いと思っているアルベルトは、


「僕がドレスもアクセサリーも贈るよ。だからエスコートさせて」


と言った。





卒業パーティー当日。


「さあ!いざ戦いの場へ!」


とコリンヌは気合十分だ!

コリンヌをエスコートするアルベルトは、前髪をバッサリと切り、少しクセのある髪はきちんと整えられ、伊達メガネは外し、露わにしたその顔は、昔よりも更にキラキラ度を増していた。


アルベルトは後から入場することになっている。顔を見られたくないアルベルトと、先にアーサーとビビアンと決着をつけたいコリンヌだった。



「アーサー」

パーティー会場に入って早々二人を見つけたコリンヌは、アルベルトから贈られたドレスを纏って近づく。


「卒業おめでとう、アーサー」

「あ、ああ。ありがとう。君も卒業おめでとう」


「まあ!ふふふ」

「???」


「そちらがペレス令嬢かしら」

「ごめんなさいねぇ〜。エスコート役を奪っちゃって」


「いいえ、かまわなくてよ」

「まぁ〜た強がっちゃって。悔しいくせに」


アーサーから贈られたフリルたっぷりのピンクのドレスは、入学したての年頃の好むもので、卒業生のビビアンが着るには幼く見えた。

そして、あれ以来コリンヌとビビアンが面と向かい話すのは初めてだが、ビビアンはやはり昔と変わらないらしい。


「私、この人に昔、酷く恥をかかされたのよ。今でも忘れないわ!あの悔しさを!だからあんたの婚約者を奪ってやったのよ。アーサー様はもう私のものよ!ざまあみろ!」


「ビ、ビビアン?」

「あら、気にしなくていいわよ。この人、偉そうにしているけど、家名を名乗ったことがないのだから平民でしょ。貴族の通う学園に平民がいるなんて、図々しい!」


「へ、平民!?」

「え!?」

「え!?」

「え!?」

「「「「えーっ!」」」」

聞き耳を立てていた周りの子息令嬢たちが、ビビアンの発言に驚きの声を上げた。


「な、何よ!!」


さすがにコリンヌも驚いた。まさか平民と思われていたなんて。確かに家名を名乗ることはなかった。

だって皆が知っていて当たり前だから。


「では、改めて自己紹介いたしますね。

あら、自己紹介なんて初めてだわ。

ストロール王国王太女、コリンヌ・ストロールですわ。ビビアン・ペレス子爵令嬢」


「……え、お、王太女?」

「はい」


「こ、この国の王女?」

「はい」


ビビアンは、アーサーの顔を見る。アーサーは青白い顔をして頷く。


「あ、あの……私……」

「安心して。今日は卒業パーティーよ。不敬罪は問わないでいてあげるわ」


「不敬罪……」

「ええそうよ。あの時もそうだったけれど、今も本当は許し難いことなのよ。でも許してあげるわ」


ビビアンはアーサーから贈られたドレスを握りしめ、わなわなと震える。王太女コリンヌにはたらいた事に対する恐怖なのか……。いや違った。


「な、何よ!この国の王太女が、子爵家の私に婚約者を奪われたのよ!恥よ、恥!」


「ビ、ビビアン……っ」


アーサーはビビアンの言葉に焦り、ビビアンの口を押さえるが、ビビアンはその手を振り払ってコリンヌを睨み続けた。


「ああ、それはないわ。だって婚約はもう解消してあるもの」

「え!?」


先程まで青白い顔をしていたアーサーが目を丸くしてコリンヌを見る。


「あら、当たり前でしょう。婚約者にドレスやアクセサリーを贈らない時点で、私の伴侶に相応しくないわ」


コリンヌは一息つく。


「残念ね。ビビアンに惑わされなければ、王配として王族に名を連ねられたのに。

でも安心して。侯爵家次男の貴方は婿入りする以外、貴族でいることはできないから、ペレス子爵家への婿入りが決まったわ。おめでとう」


「コ、コリンヌ……」

アーサーが手を伸ばすが、コリンヌは一歩後ろに下がる。


「名前呼びを許してきたけど、もう婚約者ではないから王太女殿下と呼ぶように。

貴方、自分さえ良ければ何事にも関しない性格直したほうがいいわよ。

私に卒業おめでとうっておっしゃったけど、入学して直ぐに飛び級で卒業してるわ」


教えたと思うけど、とコリンヌは一言加える。


「で、でも学園にいたし……」

「ええ、これも話したけど、私はこの学園の学園長よ。今日は卒業生を祝うためにここにいるの。覚えてなかったのね。

王族なのだから在校生なら貴方と同じクラスになっていたでしょう。不思議に思わなかったの?私がいないことを。

私も貴方に関心がそうなかったから人の事は言えないけれど、せめて気にして欲しかったと思うわ」


「……っ、でも君だって侯爵家の僕と婚約解消したら大変だろう。同年代に家格の相応しいのは僕しかいない」


アーサーは汗をダラダラと流しながら弁明する。

あら、貴方はビビアンを選んだんじゃないの?と、コリンヌは今になって焦るアーサーに呆れる。


「心配してくれてありがとう。でも気にしないで。貴方じゃなくても相応しい人はいるわ」


「僕のことだろう」

と、アルベルトの声がすると、皆が振り向き、道を空けた。


「誰?」

「素敵な方」

「見たことないわ」


そんな会話が聴こえる。アルベルトのクラスメイトも分からないらしい。思わず笑いの出るコリンヌ。


「紹介するわ。アルベルト・アストンよ」


素早く反応したのは、ビビアン。


「まあ!その顔見覚えがあるわ!あの時の男の子ね!え……、アルベルト・アストン!?」


ビビアンは、まあ運命だわ!と叫ぶ。

自分が噓を吐いて婚約者としていたあのもさ苦しいアルベルトが、あの時の男の子だとわかり興奮していた。


「アルベルト・アストン?同じクラスの?ビビアン、君の婚約者の?」


ビビアンはエスコートされていたアーサーの手を離し、アルベルトの腕にしがみつき、泣きながら、


「アルベルト様!貴方の婚約者ビビアンです!寂しかったのです!だからアーサー様に相談したのです!でも……、コリンヌ様にアーサー様は必要だわ!アーサー様はコリンヌ様にお返しします!」


アルベルトはその腕を振り払い、蔑んだ目でビビアンを見る。アルベルトにビビアンのあざとさは通じない。


「妄想もいい加減にしてほしいな。僕は誰かと婚約した覚えはない。……いや、ついこの間、やっと愛しい人を手に入れられた」


アルベルトはコリンヌに近づくと、手を取り甲に口づけを落とした。コリンヌは満足気に頷く。


「ビビアン・ペレス、貴女の婚約者はアーサー・ノリスよ。これは王命です。

アルベルト・アストンは私の婚約者。これ以上の不敬は許さないわ」


言ったでしょう。とコリンヌは二人に目をやる。

すでにアーサーは腰を抜かし「全部作り話だったのか……」と、呆然としていた。

ビビアンは、その顔を醜く歪め、コリンヌに向けて怒声を上げた。


「な、何よ!あんたばかり!はっ!王太女ですって!馬鹿らしい!爵位が何よ!王族が何よ!ただ威張り散らしてるだけじゃない!この国はダメね!あんたみたいなのが国のトップになるなんて!あーっ!はははは!潰れちゃえ!潰れちゃえ!あーはははっ!」


ビビアンは狂ったように笑い出した。

その様は見ている者に恐怖を与え、生徒達はビビアンから距離を取った。


「貴族も王族も楽をして生きているわけではないわ。ちゃんと生まれた時からの使命があるのよ。

私達は理解し努め、担っているの。貴女は何も学ばなかったのね」

コリンヌはすっと左手を挙げ、「連れてって」と衛兵に命令した。




ビビアンとアーサーは衛兵に連れられパーティー会場を後にした。ビビアンは大声で笑いながら、アーサーは泣き崩れながら。


誰も庇うことはない。


この学園で学んだ、爵位を尊重すること。

頭では分かっていたが、卒業生はその必要性を今身を以て体験した。

ビビアンとアーサーが連れて行かれる姿は、それを無視し忘れたことに起因する。

身分の差なんて無ければいい。そう思ったこともある。生まれる家を選べない。貴族も、平民も。もちろん王家も。

ならばそこの場所に相応しく生きるために学ぶ。

正しく学ばなければ落ちぶれる。


コリンヌも同じ。

王族として学ぶ量は、公爵家さえ及ばない。同じ時間を持ちながら、教育を受け執務をこなしているのだ。

まだ十八という自分達と同じ年齢で、どれだけの努力を重ねてきたのか……。

卒業生は一様にコリンヌへ最大の敬意を持って頭を下げた。




コリンヌはアルベルトに手を引かれ壇上に上がる。


「卒業生の皆様、ご卒業おめでとうございます。

これから先、学園で学んだことを活かし、この国のために力を貸してください。

五年前に起こった騒ぎで、学園の規律が厳しく変わり、損をしたような気持ちもあったことでしょう。

ですが、身に付けた教育は必ずあなたを守ります。

あなた方にこの国の未来を託します。

そして、それぞれの場所でどうか幸せになってください」


会場内から大きな拍手が起こる。コリンヌはアルベルトと見つめ合い頷く。


「さあ!卒業パーティーはこれからです!淑女らしく、紳士らしく、大騒ぎしましょう!」


楽団が音楽を奏で、皆が踊り始める。婚約者同士、友人同士。家格の違う者同士。マナーさえ守ればそれで良し。

コリンヌとアルベルトも皆に交じり踊り出す。


「素敵!」

「お似合いの二人だわ」

と声が上がる。


しかし、優雅に微笑みながら踊るコリンヌとアルベルトの会話は決して皆が憧れるようなものではなかった。


「ヒヤヒヤしたわ〜」

「ビビアン怖かった……」


「そうね、実は殺されるんじゃないかって思ってたわ」

「僕も」


「アーサーも情けなかったわ」

「コリンヌに自分しかいないって言ってた時、殴ろうかと思ってた」


「あら聞こえてた?」

「うん」


「あっ!」

「何?」


「校則に入れたいものがあるの」

「これ以上厳しくするの?」





「ええ。異性に恋愛相談するのは禁止ってね」










お読みいただき、ありがとうございます。


前作「一年間だけでいい。自由が欲しかったのです」

もお読みいただけたら嬉しいです。

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