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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
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短編集

作者: 氷室吹雪
掲載日:2026/06/17

生まれて初めて書いた小説、いつか書き直したい。

The悪女って感じのレディがこのみ。

 カエンタケのような女に恋をした。燃えるような赤い紅を引いた女だ。女と同じ紅を買って、どんなに塗り重ねても、あれと同じ色にはなりそうもない。

 23年生きてきて、生まれて初めてあの手の女に恋をした。あの女のそばにいると体が熱くなる。まるで体の内側からじりじりと燃やされているかのように。いや、もはやあの女を視界に入れるだけで目が、脳が、神経が焼き切れるのではないかと錯覚するほど熱くなる。にもかかわらず、目を離すことができない、離そうとしても、何故かいつも視界の端に女がいるのだ。何時からか、あの女は私の日常に染み込んでいた。右を見ても左を見てもあの女から目を離すことができない。


 秋の風が吹きはじめていた。冷えた風が、女の甘く、何かを燃やすような熱の帯びた香りを運んでいた。


 喉の奥がひりつくほどに渇く日だった、授業が終わると腕をつかまれた。強く、跡が残るほどに。その熱さに顔を見ずとも誰だかわかった。あの女だ。女曰く、先週の授業でもらったプリントを撮らせてほしいらしい。頭の中で警報が鳴り響く、嫌な予感がする。女が先週も授業に来てプリントをもらっていた、その瞬間目を奪われたからだ。断ろうとした、顔を見上げる。眼に入った、入ってしまった。赤色に染まる、艶やかな濡れた唇。私と揃いの紅を引く、真っ赤な唇。

 とても喉が渇いていたのだ、ごくりと唾をのむ。次の瞬間、気が付いたら私は女と二人、小さな部屋の中にいた。赤い唇が目に入る、熱い。頭痛がする。嗚呼この女にもっと触れたい。女が小さくうなづくのが見えた、女の香りで肺を満たそうと大きく息を吸った。甘く焦げ付いた香りが脳をとかし、熱中症にでもなったかのようにクラクラとめまいがしてきた。口づけをする、手足がしびれてくるようだ。もっと、もっと、足りないもっと強く触れたい。女と指を絡める、熱い、肉が焼ける音がするようにさえ思えてくる。まだ足りない、女ともっと深く触れあいたい、肉が焼けこげる香りがすると錯覚するほど。もっと、さらに奥まで触れる、皮膚が焼けただれるような感覚が走った。もっと、このあつさを、この女をひとりじめしたい。もっと、もっとこの女にトケてしまいたい。



 未だ熱の燻るその部屋には携帯電話の残骸が落ちている。カーテンは途中まで焼け落ち、風に揺れるたび灰がさらさらと舞った。空気が乾いている。窓辺のガラスには、誰かの手形のような煤の跡が残っていた。部屋の中心に、黒く焦げた塊があった。それが人の形をかたどっていると気がつくまでに、少し時間がかかった。

  女は、まるで夢でも見ているかのようにうっとりとその塊を見つめていた。しっとりとした息をつき、瞬き数刻ほどの時が過ぎると、さっきまでとは打って変わってごみでも見るかのような冷めた眼で塊を蹴ってどかした。

「またダメになってしまったわ」

 女の声だけが、熱の冷めた部屋にやけに響いていた。


 数日後、小さなアパートの一室から、焼死体が発見された。身元の判明はおろか性別の特定すらは困難な程に焦げていた。警察が部屋に立ち入ると白い灰が舞い上がり、微かに甘く焦げた匂いが熱を失った部屋に染み付いていた。火の手の痕跡は死体自身にあり、それも内側から燃えたとしか思えないような有様に、検視官も首をかしげていた。同時期に一人の大学生の失踪届が提出され、警察は関連を調べている。

 失踪した大学生の友人によると大学生は数日前から赤い紅を引いた、ある女に異常なまでに執着していたらしい。その友人の証言から一人の女が捜査線上に上がった。一人の警察だけが直感的に、あの女にカエンタケのような印象を抱いた。女は取り調べに応じたが、何の困惑も見せなかった。

「残念だけれど、どの方のことだかわからないわ」

 女は勿体ぶるかのようにそう答え、心底愉快そうに微笑んだとだけ調書に残されている。その翌週、担当刑事が行方不明となった。担当刑事の家は物取りに入られた形跡はなく、むしろ本来あるはずの家具などが全てがなくなっていた。残っていたのはすこしの灰と、甘く、焦げた匂いだけであった。その匂いにはまだ、少しの熱が篭っていた。


 夕方、カフェの窓辺。外では枯葉が乾いた風にまとわりついていた。

 女が湯気の立つカップを横目に、ゆったりと口紅を塗り直していた。テレビからは、今朝山小屋で発見された“焼死体”のニュースが流れている。カップの縁に紅が残る。「怖いわねえ」と正面の客がつぶやいた。女は微笑み口を開いた。

「本当に最近は物騒ね、私も怖いわ。」

 女のカップからはぐつぐつと煮えたぎる音がした。女の視界の端には、ガラス越しに一人の少女が祖母と手を繋いでいた。少女の手には紅葉()が一枚握られていた。

 女は微笑み、少女の持つ(紅葉)に視線を落とした。秋の風が少女に、甘く、焼けた香りを運んだ。

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