最終話 風の続く世界
魔王戦争から、三年が経った。
世界は静かに変わっていた。
ノクティス大陸を覆っていた闇は完全に消え、かつて魔物の巣だった土地には少しずつ人の街が戻り始めている。
長い間、誰も近づけなかった土地。
その中心に、小さな村が作られていた。
村の名前はまだない。
ただ、人々はそこをこう呼んでいた。
「風の村」
理由は単純だった。
いつも不思議と風がよく吹くからだ。
その村の外れ。
丘の上。
一人の少年が剣を振っていた。
白い髪。
静かな目。
風が彼の周囲でゆっくりと流れている。
シルヴァだった。
「……ふう」
剣を下ろす。
すると背後から声が飛んできた。
「まだやってるの?」
振り向くと、ティナが立っていた。
相変わらずの茶色の髪。
腕を組んでこちらを見ている。
「毎日毎日飽きないわね」
「習慣だ」
「もう魔王いないのよ?」
「だからだ」
シルヴァは肩をすくめる。
「平和な時ほど鈍る」
ティナが呆れた顔をする。
「ほんと真面目ね」
そこへ、軽い声が飛んできた。
「ねえねえ」
二人が振り向く。
クジャだった。
相変わらずの眼帯。
カードを指でくるくる回している。
「村の子どもたちがシルヴァに剣教えてほしいって」
「断った」
「もう断ってる」
ティナが笑う。
「人気あるわよね」
「意味が分からん」
クジャが肩をすくめる。
「世界を救った英雄だし」
「本人その気ゼロだけど」
その時、遠くから声が聞こえた。
「シルヴァ!」
振り向く。
ミルスだった。
以前より元気そうだが、さすがにまだ完全には治っていない。
「また子供たちが来てるわよ」
「ほら」
ティナが笑う。
「逃げられないわね」
シルヴァは少しだけため息をついた。
「……分かった」
丘を降りる。
その背中を見ながら、クジャが小さく笑う。
「結局やるんだ」
ティナが言う。
「優しいのよ」
ミルスも小さく頷いた。
村の広場。
子どもたちがシルヴァを囲んでいた。
「剣ってどうやって強くなるの?」
「魔王ってほんとにいたの?」
「風の技見たい!」
質問攻め。
シルヴァは少し困った顔をする。
ティナとクジャがそれを見て笑っている。
平和な光景だった。
その夕方。
村の外れ。
クジャは一人で丘に立っていた。
風が吹く。
彼女はゆっくり眼帯に触れた。
少しだけ持ち上げる。
その瞬間。
目の奥で、凄まじいオーラが一瞬だけ揺れた。
すぐに眼帯を戻す。
「……まだ危ないかな」
小さく呟く。
その時。
後ろから声がした。
「どうした」
シルヴァだった。
「いや」
クジャは笑う。
「ちょっと昔思い出してただけ」
「孤児院の?」
「そう」
風が吹く。
クジャは空を見上げた。
「でもさ」
「今の方が面白い」
シルヴァは何も言わない。
ただ空を見る。
そして。
遠くの空。
雲の向こう。
ゴロ……と雷が鳴った。
ティナが振り向く。
「今の」
クジャが笑う。
「さあ?」
シルヴァは少しだけ空を見つめた。
そして小さく言う。
「……あいつかもな」
遠い空。
雷がもう一度だけ鳴る。
だが。
それはもう戦いの音ではない。
ただ、世界のどこかで鳴る普通の雷だった。
風が吹く。
静かな世界。
新しい時代。
その中心で。
白髪の少年が、空を見上げていた。
物語は終わる。
だが――
風は、これからも続いていく。
⸻
『風葬のシルヴァ』
完




