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風葬のシルヴァ  作者:
第一章 風の少年
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第8話 眼帯の魔術師

 クジャの対戦相手は、王都でも名の知れた双剣使いだった。


 見た目こそ軽薄そうな若い男だが、足運びも視線も、試合慣れしている。油断のないタイプだ。観客席からも「おい、あれ優勝候補の一人だぞ」という声が聞こえてくる。


 対するクジャは、あくまで気楽そうだった。

 片手にカードを弄びながら、フィールドの中央へ歩いていく。


『第七試合! 注目は昨日、驚異の速さで勝利した眼帯の少女――クジャァァ!!』


「少女って言われるとむずがゆいなぁ」


 クジャがぼそりと呟く。

 相手の男は笑った。


「悪いが、ここで遊ぶ気はない」


「僕もだよ」


「ならすぐ終わるな」


「うん。たぶんね」


『開始ッ!』


 男が低く滑り込む。

 右の剣で牽制、左で本命。しかも二手目でクジャの退路を塞ぐ綺麗な入り方だ。


 観客席が沸く。

 確かに上手い。


 だが、クジャの姿はその場から消えていた。


「な……っ!?」


 男の目が見開かれる。

 クジャは既に、男の真横に立っていた。


 ひらり、と一枚のカードが舞う。


「だから遅いって」


 カードが男の剣へ触れた瞬間、小さな爆発が起きた。

 片方の剣が弾かれ、体勢が流れる。


 その隙を逃さない。


 クジャの指先から、二枚、三枚と連続でカードが放たれた。

 膝。肩。喉元寸前。


 全部、急所の一歩手前で止まる精度。


 男は凍りついたまま動けなくなる。


『し、勝者ァァァ!! クジャァァァ!!』


 歓声とどよめきが入り混じる。

 観客の多くは、何が起きたのか理解できていない。


 だが、上層の特別席だけは違った。


 影の中で誰かが立ち上がる。

 細長い体躯。黒髪。左右で色の違う瞳。


「……あれか」


 男は口元を歪めた。


「面白いやん」


 その背後で、別の気配が動く。

 長い銀髪と、冷たい雷の匂い。


「まだ早い」


 低い声が落ちる。


「今は見るだけにしろ、ヴァイラ」


「分かっとるって。ディーン」


 第二隊長ヴァイラは肩をすくめ、再び席に腰を下ろした。

 第一隊長ディーンは何も言わず、ただ下のフィールドを見つめる。


 白髪の剣士。

 光の剣士。

 眼帯の少女。


 魔王軍が探していた“鍵”が三つとも揃っている。そう判断するには十分だった。


 控室へ戻ったクジャは、開口一番こう言った。


「やっぱりいた」


「誰が」


 ティナの問いに、クジャは指を上へ向ける。


「第二。あと、もっと上」


 シルヴァが目を細める。


「第一か」


「うん。たぶん」


 ティナの喉が鳴る。


「……隊長が二人以上、観客席に?」


「観客っていうか審査員かもね」


「笑えないわよ」


 クジャは椅子へ腰掛け、何気ない仕草で眼帯を押さえた。

 シルヴァはその手元を見ていた。


「さっきの、消えたみてぇに見えた」


「気のせいじゃない?」


「気のせいにするには雑すぎる」


 クジャは少しだけ口を尖らせる。


「シルヴァって変なところだけ鋭いよね」


「お前が分かりやすいだけだ」


 そこで、控室の外がざわめき始めた。


 試合の合間のざわめきとは違う。

 兵士が走る音。誰かが怒鳴る声。実況席の声もどこか上ずっている。


 ティナが立ち上がる。


「また何か起きた?」


 扉が勢いよく開いた。

 入ってきたのは大会運営の兵士だったが、顔面蒼白だった。


「あなた達、ここを動くな! 上の特別席で乱闘が――」


 言い終わる前に、天井が砕けた。


 ドォォォォン!!


 石片が降る。悲鳴が上がる。

 黒い影が、控室の真ん中へ着地した。


 細い体。黒髪。左右で色の違う瞳。

 さっきまで特別席にいたはずの男。


 彼は笑っていた。


「やっと近くで見られた」


 兵士が剣を向けるが、男は見向きもしない。

 視線は最初からクジャへ向いていた。


「眼帯の娘。お前、ええなぁ」


「最悪」


 クジャの声から軽さが消える。


 男は両腕を広げた。


「第二隊長ヴァイラ。よろしゅう」


 空気が一変した。


 ティナが剣を抜く。

 シルヴァも同時に前へ出る。


「てめぇ、堂々と出てくるな」


「だって待てへんし」


 ヴァイラはにたりと笑った。


「風葬のシルヴァも面白そうやけど、今日はまず――」


 彼の瞳が、クジャの眼帯へ吸い寄せられる。


「その眼を、見せてみ」


 クジャは表情のない顔でカードを構えた。


「……断る」


 次の瞬間、ヴァイラの背後に闇が爆ぜる。


 彼は自分でそれを避けた。

 闇の槍を放ったのは、控室の入口に立つ別の人物だった。


 長い銀髪。

 冷たい瞳。

 雷のような重い圧。


 兵士たちが一斉に跪く。


「第一隊長……!」


 ディーンが低く言う。


「ヴァイラ。勝手に動くな」


 ヴァイラが肩をすくめた。


「ええやん、ちょっとくらい」


「命令だ」


「はーい」


 軽い返事。

 だが、ヴァイラは完全には下がらない。視線だけは、ずっとシルヴァたちを舐めるように見ている。


 ディーンはゆっくり控室へ入ってきた。

 ただ歩くだけで空気が張り詰める。


 シルヴァはその男を見た瞬間、微かに表情を変えた。


「……お前」


 ディーンの目が、ほんのわずかに細くなる。


「久しぶりだな、シルヴァ」


 ティナが息を呑む。


「知り合いなの?」


 答えたのはクジャだった。


「たぶん、“昔”の人」


 ディーンは否定しない。


「昔、同じ隊にいた」


「勇者庁の特務遠征隊。その生き残りだ」


 控室が静まり返る。


 ティナが信じられない顔でシルヴァを見る。


「……何それ」


 シルヴァは答えない。

 代わりに、ディーンが淡々と言った。


「昔話をする気はない」


「だが一つだけ言っておく」


 雷のようなオーラが、男の全身から静かに滲む。


「王都の大会は、今日で終わる」


「そしてお前たちは、いずれノクティスへ来る」


 彼の視線がシルヴァに突き刺さる。


「その時、俺が殺す」


 ティナが反射的に前へ出る。

 だが、ディーンは既に踵を返していた。


「行くぞ、ヴァイラ」


「残念やなぁ」


 ヴァイラは最後にクジャへ手を振る。


「次は絶対、見せてもらうで」


 二人の姿が闇に溶けるように消えたあと、控室に残ったのは重い沈黙だった。


 最初に口を開いたのはティナだ。


「……説明して」


 シルヴァは大きく息を吐いた。


「面倒だな」


「面倒で済ませないで!」


 クジャは椅子に座り直しながら、静かに笑った。


「やっぱり君たち、王都で終わる器じゃないんだね」


 その日の大会は、結局そこで中止になった。


 王都武闘祭は表向き“魔導事故”で打ち切り。

 だがシルヴァたちはもう知っている。


 この街の裏側で、魔王軍は既に動いている。

 そしてその先には、闇の大陸――ノクティスがある。

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