第8話 眼帯の魔術師
クジャの対戦相手は、王都でも名の知れた双剣使いだった。
見た目こそ軽薄そうな若い男だが、足運びも視線も、試合慣れしている。油断のないタイプだ。観客席からも「おい、あれ優勝候補の一人だぞ」という声が聞こえてくる。
対するクジャは、あくまで気楽そうだった。
片手にカードを弄びながら、フィールドの中央へ歩いていく。
『第七試合! 注目は昨日、驚異の速さで勝利した眼帯の少女――クジャァァ!!』
「少女って言われるとむずがゆいなぁ」
クジャがぼそりと呟く。
相手の男は笑った。
「悪いが、ここで遊ぶ気はない」
「僕もだよ」
「ならすぐ終わるな」
「うん。たぶんね」
『開始ッ!』
男が低く滑り込む。
右の剣で牽制、左で本命。しかも二手目でクジャの退路を塞ぐ綺麗な入り方だ。
観客席が沸く。
確かに上手い。
だが、クジャの姿はその場から消えていた。
「な……っ!?」
男の目が見開かれる。
クジャは既に、男の真横に立っていた。
ひらり、と一枚のカードが舞う。
「だから遅いって」
カードが男の剣へ触れた瞬間、小さな爆発が起きた。
片方の剣が弾かれ、体勢が流れる。
その隙を逃さない。
クジャの指先から、二枚、三枚と連続でカードが放たれた。
膝。肩。喉元寸前。
全部、急所の一歩手前で止まる精度。
男は凍りついたまま動けなくなる。
『し、勝者ァァァ!! クジャァァァ!!』
歓声とどよめきが入り混じる。
観客の多くは、何が起きたのか理解できていない。
だが、上層の特別席だけは違った。
影の中で誰かが立ち上がる。
細長い体躯。黒髪。左右で色の違う瞳。
「……あれか」
男は口元を歪めた。
「面白いやん」
その背後で、別の気配が動く。
長い銀髪と、冷たい雷の匂い。
「まだ早い」
低い声が落ちる。
「今は見るだけにしろ、ヴァイラ」
「分かっとるって。ディーン」
第二隊長ヴァイラは肩をすくめ、再び席に腰を下ろした。
第一隊長ディーンは何も言わず、ただ下のフィールドを見つめる。
白髪の剣士。
光の剣士。
眼帯の少女。
魔王軍が探していた“鍵”が三つとも揃っている。そう判断するには十分だった。
控室へ戻ったクジャは、開口一番こう言った。
「やっぱりいた」
「誰が」
ティナの問いに、クジャは指を上へ向ける。
「第二。あと、もっと上」
シルヴァが目を細める。
「第一か」
「うん。たぶん」
ティナの喉が鳴る。
「……隊長が二人以上、観客席に?」
「観客っていうか審査員かもね」
「笑えないわよ」
クジャは椅子へ腰掛け、何気ない仕草で眼帯を押さえた。
シルヴァはその手元を見ていた。
「さっきの、消えたみてぇに見えた」
「気のせいじゃない?」
「気のせいにするには雑すぎる」
クジャは少しだけ口を尖らせる。
「シルヴァって変なところだけ鋭いよね」
「お前が分かりやすいだけだ」
そこで、控室の外がざわめき始めた。
試合の合間のざわめきとは違う。
兵士が走る音。誰かが怒鳴る声。実況席の声もどこか上ずっている。
ティナが立ち上がる。
「また何か起きた?」
扉が勢いよく開いた。
入ってきたのは大会運営の兵士だったが、顔面蒼白だった。
「あなた達、ここを動くな! 上の特別席で乱闘が――」
言い終わる前に、天井が砕けた。
ドォォォォン!!
石片が降る。悲鳴が上がる。
黒い影が、控室の真ん中へ着地した。
細い体。黒髪。左右で色の違う瞳。
さっきまで特別席にいたはずの男。
彼は笑っていた。
「やっと近くで見られた」
兵士が剣を向けるが、男は見向きもしない。
視線は最初からクジャへ向いていた。
「眼帯の娘。お前、ええなぁ」
「最悪」
クジャの声から軽さが消える。
男は両腕を広げた。
「第二隊長ヴァイラ。よろしゅう」
空気が一変した。
ティナが剣を抜く。
シルヴァも同時に前へ出る。
「てめぇ、堂々と出てくるな」
「だって待てへんし」
ヴァイラはにたりと笑った。
「風葬のシルヴァも面白そうやけど、今日はまず――」
彼の瞳が、クジャの眼帯へ吸い寄せられる。
「その眼を、見せてみ」
クジャは表情のない顔でカードを構えた。
「……断る」
次の瞬間、ヴァイラの背後に闇が爆ぜる。
彼は自分でそれを避けた。
闇の槍を放ったのは、控室の入口に立つ別の人物だった。
長い銀髪。
冷たい瞳。
雷のような重い圧。
兵士たちが一斉に跪く。
「第一隊長……!」
ディーンが低く言う。
「ヴァイラ。勝手に動くな」
ヴァイラが肩をすくめた。
「ええやん、ちょっとくらい」
「命令だ」
「はーい」
軽い返事。
だが、ヴァイラは完全には下がらない。視線だけは、ずっとシルヴァたちを舐めるように見ている。
ディーンはゆっくり控室へ入ってきた。
ただ歩くだけで空気が張り詰める。
シルヴァはその男を見た瞬間、微かに表情を変えた。
「……お前」
ディーンの目が、ほんのわずかに細くなる。
「久しぶりだな、シルヴァ」
ティナが息を呑む。
「知り合いなの?」
答えたのはクジャだった。
「たぶん、“昔”の人」
ディーンは否定しない。
「昔、同じ隊にいた」
「勇者庁の特務遠征隊。その生き残りだ」
控室が静まり返る。
ティナが信じられない顔でシルヴァを見る。
「……何それ」
シルヴァは答えない。
代わりに、ディーンが淡々と言った。
「昔話をする気はない」
「だが一つだけ言っておく」
雷のようなオーラが、男の全身から静かに滲む。
「王都の大会は、今日で終わる」
「そしてお前たちは、いずれノクティスへ来る」
彼の視線がシルヴァに突き刺さる。
「その時、俺が殺す」
ティナが反射的に前へ出る。
だが、ディーンは既に踵を返していた。
「行くぞ、ヴァイラ」
「残念やなぁ」
ヴァイラは最後にクジャへ手を振る。
「次は絶対、見せてもらうで」
二人の姿が闇に溶けるように消えたあと、控室に残ったのは重い沈黙だった。
最初に口を開いたのはティナだ。
「……説明して」
シルヴァは大きく息を吐いた。
「面倒だな」
「面倒で済ませないで!」
クジャは椅子に座り直しながら、静かに笑った。
「やっぱり君たち、王都で終わる器じゃないんだね」
その日の大会は、結局そこで中止になった。
王都武闘祭は表向き“魔導事故”で打ち切り。
だがシルヴァたちはもう知っている。
この街の裏側で、魔王軍は既に動いている。
そしてその先には、闇の大陸――ノクティスがある。




