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風葬のシルヴァ  作者:
第一章 風の少年
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第6話 眼帯の魔術師

 暴走した男が、獣みたいな咆哮を上げる。


 観客席から悲鳴が上がった。

 兵士たちが慌てて立ち上がるが、間に合わない。闘技場中央から観客席までは遠いようで近い。ひと跳びあれば届く。


 シルヴァはため息を吐いた。


「面倒だな」


 男が突っ込む。

 土を抉りながらの一直線。


 シルヴァは迎え撃つのではなく、わざと半歩だけ引いた。

 勢いに任せて踏み込んできた相手の横を抜けるようにすれ違い、その背へ刃を滑らせる。


「風葬」


 風が唸る。

 斬撃そのものより先に、空気の圧が男の身体を叩きつけた。


 だが、倒れない。


「ちっ」


 通常個体なら終わっている。やはり強化されている。

 なら、もう一段深く断つしかない。


 シルヴァが剣を構え直した、その時――


 閃光が横から走った。


「光刃!」


 白い斬撃が男の片腕を吹き飛ばす。

 観客席の通路から飛び込んできたティナが、フィールドへ着地していた。


「遅いぞ」


「勝手に始めてるあなたが悪い!」


 さらに、ひらりと一枚のカードが舞う。


「じゃあ僕も」


 クジャは選手席の柵を軽々と飛び越え、くるんと回って着地した。

 実況が混乱した声を張り上げる。


『え、ええ!? な、なんと追加乱入ゥゥ!?』


「乱入じゃないよ。仲間」


「誰が」


「だいたいそういうものじゃん」


 クジャは笑いながらも、その目だけは鋭い。

 暴走した男の胸元を見ていた。


「シルヴァ、胸のとこ」


「ああ」


 黒い石片。

 埋め込まれている。あれが核だ。


 ティナも気づいたらしい。


「壊せば止まる?」


「たぶんな」


「じゃあ簡単だね」


 クジャが軽く言う。

 次の瞬間、男が咆哮とともに飛び上がった。観客席へ飛ぶ軌道だ。


「させるか!」


 ティナが先に駆ける。

 光のオーラを剣へ集め、真正面から斬り結ぶ。


「聖光斬!」


 空中で衝突。

 男の勢いが逸れる。だが完全には止めきれない。


 その横を、シルヴァが風の加速で抜けた。


「風脚」


 そして男の胸元へ、一撃。


「風断」


 黒い石片が砕ける。

 暴走した身体が、そのまま糸の切れた人形みたいに落ちた。


 歓声と悲鳴が入り混じる。

 兵士たちがようやく駆け込み、男を回収した。


 その日の午後、大会は中止。

 王都全体に戒厳令こそ敷かれなかったが、兵士の数は一気に増えた。宿へ戻る道中でも、魔導具を積んだ荷車や騎士団の部隊を何度も見かける。


 夜、三人は宿の食堂で簡単な夕食を取っていた。


 肉の煮込みと黒パン。

 王都の騒ぎのせいで客は少なく、店主も落ち着かない様子で厨房を行き来している。


「明日から本戦」


 ティナがパンをちぎりながら言う。


「それだけじゃない」


 クジャがスプーンをくるくる回す。


「他にもいる」


 シルヴァが顔を上げる。


「何人だと思う」


「少なくとも二人以上。たぶん五人」


 ティナが眉をひそめる。


「そんなに?」


「隊長って、だいたいそのくらいでセットじゃない?」


「根拠が雑」


「勘だよ♠︎」


 シルヴァは少しだけ考えたあと、スープを飲み干した。


「なら全部斬る」


「ほんと単純ね」


「簡単でいいだろ」


 クジャが笑う。


「それ、嫌いじゃない」


 食後、ティナは早めに部屋へ戻った。

 明日の本戦に向けて集中したいらしい。


 シルヴァとクジャだけが少し遅れて席を立つ。

 階段へ向かう途中で、クジャが不意に口を開いた。


「ねえ」


「なんだ」


「もしさ」


 彼女は前を見たまま、軽い声で続ける。


「僕がとんでもなく面倒なやつでも、一緒に戦う?」


 シルヴァは足を止めない。


「今さらだろ」


「……そっか」


「それに、お前が面倒なのは最初から分かってる」


「ひど」


 クジャは笑った。

 でも、その横顔は少しだけ救われたようにも見えた。


 王都レグナの夜は更けていく。

 だが、静かにはならない。


 闘技場の上空には見えない闇が渦を巻き、特別席のさらに奥では、別の影が動いていた。


 第二、第三、第四、第五――そして、もっと上。


 “第一”と呼ばれる存在の気配が、まだ姿を見せずにこの街を見下ろしている。


 風はそれを知っていた。

 だからこそ、シルヴァの眠りは浅かった。

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