第6話 眼帯の魔術師
暴走した男が、獣みたいな咆哮を上げる。
観客席から悲鳴が上がった。
兵士たちが慌てて立ち上がるが、間に合わない。闘技場中央から観客席までは遠いようで近い。ひと跳びあれば届く。
シルヴァはため息を吐いた。
「面倒だな」
男が突っ込む。
土を抉りながらの一直線。
シルヴァは迎え撃つのではなく、わざと半歩だけ引いた。
勢いに任せて踏み込んできた相手の横を抜けるようにすれ違い、その背へ刃を滑らせる。
「風葬」
風が唸る。
斬撃そのものより先に、空気の圧が男の身体を叩きつけた。
だが、倒れない。
「ちっ」
通常個体なら終わっている。やはり強化されている。
なら、もう一段深く断つしかない。
シルヴァが剣を構え直した、その時――
閃光が横から走った。
「光刃!」
白い斬撃が男の片腕を吹き飛ばす。
観客席の通路から飛び込んできたティナが、フィールドへ着地していた。
「遅いぞ」
「勝手に始めてるあなたが悪い!」
さらに、ひらりと一枚のカードが舞う。
「じゃあ僕も」
クジャは選手席の柵を軽々と飛び越え、くるんと回って着地した。
実況が混乱した声を張り上げる。
『え、ええ!? な、なんと追加乱入ゥゥ!?』
「乱入じゃないよ。仲間」
「誰が」
「だいたいそういうものじゃん」
クジャは笑いながらも、その目だけは鋭い。
暴走した男の胸元を見ていた。
「シルヴァ、胸のとこ」
「ああ」
黒い石片。
埋め込まれている。あれが核だ。
ティナも気づいたらしい。
「壊せば止まる?」
「たぶんな」
「じゃあ簡単だね」
クジャが軽く言う。
次の瞬間、男が咆哮とともに飛び上がった。観客席へ飛ぶ軌道だ。
「させるか!」
ティナが先に駆ける。
光のオーラを剣へ集め、真正面から斬り結ぶ。
「聖光斬!」
空中で衝突。
男の勢いが逸れる。だが完全には止めきれない。
その横を、シルヴァが風の加速で抜けた。
「風脚」
そして男の胸元へ、一撃。
「風断」
黒い石片が砕ける。
暴走した身体が、そのまま糸の切れた人形みたいに落ちた。
歓声と悲鳴が入り混じる。
兵士たちがようやく駆け込み、男を回収した。
その日の午後、大会は中止。
王都全体に戒厳令こそ敷かれなかったが、兵士の数は一気に増えた。宿へ戻る道中でも、魔導具を積んだ荷車や騎士団の部隊を何度も見かける。
夜、三人は宿の食堂で簡単な夕食を取っていた。
肉の煮込みと黒パン。
王都の騒ぎのせいで客は少なく、店主も落ち着かない様子で厨房を行き来している。
「明日から本戦」
ティナがパンをちぎりながら言う。
「それだけじゃない」
クジャがスプーンをくるくる回す。
「他にもいる」
シルヴァが顔を上げる。
「何人だと思う」
「少なくとも二人以上。たぶん五人」
ティナが眉をひそめる。
「そんなに?」
「隊長って、だいたいそのくらいでセットじゃない?」
「根拠が雑」
「勘だよ♠︎」
シルヴァは少しだけ考えたあと、スープを飲み干した。
「なら全部斬る」
「ほんと単純ね」
「簡単でいいだろ」
クジャが笑う。
「それ、嫌いじゃない」
食後、ティナは早めに部屋へ戻った。
明日の本戦に向けて集中したいらしい。
シルヴァとクジャだけが少し遅れて席を立つ。
階段へ向かう途中で、クジャが不意に口を開いた。
「ねえ」
「なんだ」
「もしさ」
彼女は前を見たまま、軽い声で続ける。
「僕がとんでもなく面倒なやつでも、一緒に戦う?」
シルヴァは足を止めない。
「今さらだろ」
「……そっか」
「それに、お前が面倒なのは最初から分かってる」
「ひど」
クジャは笑った。
でも、その横顔は少しだけ救われたようにも見えた。
王都レグナの夜は更けていく。
だが、静かにはならない。
闘技場の上空には見えない闇が渦を巻き、特別席のさらに奥では、別の影が動いていた。
第二、第三、第四、第五――そして、もっと上。
“第一”と呼ばれる存在の気配が、まだ姿を見せずにこの街を見下ろしている。
風はそれを知っていた。
だからこそ、シルヴァの眠りは浅かった。




