第46話 兄弟戦
最初の一撃は、互いの呼吸を読むためのものだった。
シルヴァが踏み込む。
ラースが半歩だけずらす。
刃がぶつかり、氷と風が弾ける。
キィィィン――!
その音だけで、ティナは背筋が粟立つのを感じた。
「昨日より重い……」
「本気だからね」
クジャが低く言う。
氷の広間は、ラースにとって完全な地の利があった。
床も壁も天井も、全部が彼の魔力に共鳴している。ここでは一歩ごとに冷気が増し、一振りごとに氷の刃が生まれる。
シルヴァはそれを分かっていながら、なお正面から踏み込んでいく。
「蒼嵐・残刃」
蒼い軌跡が残る。
ラースはそれを避けながら、遅れて走る刃の位置まで読んでいた。
「浅い」
氷の剣が横薙ぎに来る。
シルヴァは受けずに沈み込み、そのまま下から斬り上げた。
「風断!」
ラースの外套が裂ける。
今度は浅くない。
ラースがすぐに距離を取る。
「……成長した」
「知ってる」
「言うようになったな」
「兄貴にだけだ」
その短いやり取りだけで、ティナの胸が変にざわつく。
殺し合いの一歩手前なのに、兄弟の会話でもある。だから余計に苦しい。
ラースの周囲に氷の粒が浮かぶ。
「なら、もう一段見せてやる」
剣を掲げる。
次の瞬間、広間全体の空気が凍りついた。
「氷界」
床一面から氷の柱が生える。
それだけではない。天井にも、壁にも、無数の氷刃が浮かび上がり、シルヴァへ向かって一斉に降り注いだ。
「シルヴァ!」
ティナが叫ぶ。
だがシルヴァは逃げない。
風を全身へまとい、足元だけでなく周囲の空気も巻き込む。
「蒼嵐」
氷刃の間を縫う。
切る。避ける。踏み込む。
残された蒼い軌跡が、降り注ぐ氷を遅れて断ち切っていく。
ラースの目が細くなる。
「そうだ」
「それでいい」
シルヴァは一気に間合いへ入った。
氷と風。
白と蒼。
何十合もの剣戟が、一瞬の中へ凝縮される。
そして、シルヴァの刃が初めてラースの肩口を深く裂いた。
赤が飛ぶ。
ティナが息を呑む。
「当たった……!」
だが次の瞬間、ラースの反撃も決まる。
氷の拳圧がシルヴァの脇腹へ叩き込まれ、彼の身体が後方へ吹き飛ばされた。
「シルヴァ!」
ティナが一歩出る。
クジャもカードを構えた。
だがミルスが腕を伸ばして二人を止める。
「まだ」
「でも!」
「これは、まだ二人の戦いよ」
シルヴァは床に膝をつきながらも、すぐに立ち上がった。
息は荒い。だが目は折れていない。
ラースもまた、肩口の血を拭い、弟を見ていた。
「……いい顔だ」
「そっちもな」
「お前に言われるとは思わなかった」
「思っとけ」
ティナは、自分でも気づかないうちに拳を握りしめていた。
怖い。
でも目を逸らせない。
クジャは眼帯を押さえたまま、小さく呟く。
「まだ決まらない」
「ええ」
ミルスの声も静かだ。
「ここから先が本番」
氷の広間の奥で、冷気がさらに濃くなる。
兄弟戦は、まだ前哨に過ぎなかった。
ここから先、シルヴァはラースの“核を取り込んだ魔王としての本気”を見ることになる。




