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風葬のシルヴァ  作者:
第四章 氷の牙
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第45話 氷壁の向こう

 氷壁は、ただの壁ではなかった。


 近づくだけで分かる。

 分厚い氷の中に、何層もの魔力が練り込まれている。表面だけ砕いてもすぐ再生するし、下手に触れれば冷気に逆流して凍傷になりかねない。


「面倒な細工してるわね」


 ミルスが手をかざして言う。


「これもラース?」


「たぶん」


 クジャが答える。


「性格出てる」


「すごく出てる」


 ティナも頷いた。


 シルヴァは氷壁の前に立ち、刻まれた一文字を見上げた。

 “来い”。


 挑発であり、招待でもある。


「どうするの?」


 ティナが聞く。


「壊す」


 シルヴァの返事はいつも通り簡潔だった。


「雑!」


「だが一番早い」


 ミルスは氷壁の表面に指先を這わせ、少しだけ目を細めた。


「真正面からじゃ無理よ」


「風と光と重力を一点に重ねる」


「え?」


 ティナが顔を上げる。


「圧縮した一撃を、再生の遅れる一点へ叩き込むの」


 クジャがすぐに反応した。


「右下から二番目の筋」


「そこが薄い」


 シルヴァが剣を構える。

 ティナも光をまとい、ミルスの魔法陣が展開される。


「クジャ」


「分かってる」


 カードが氷壁の周囲を走り、余計な冷気の流れを乱す。

 その一瞬、氷の再生が鈍った。


「今よ!」


 ミルスの声。


 重力が一点へ落ちる。

 ティナの光が細く鋭く集まる。

 シルヴァの蒼い軌跡が、その中心へ重なる。


「蒼嵐・断界!」


「聖天閃光!」


「圧縮!」


 三つの力が一点へ突き刺さる。


 次の瞬間、氷壁の中央が内側から砕けた。


 ドォォォォォン!!


 白い破片が吹き飛び、冷気が四方へ弾ける。

 だが完全には崩れない。氷壁はまだ半分以上残っている。


「硬っ……!」


 ティナが顔をしかめる。


「でも通路はできた!」


 クジャが言った通りだった。


 中央に、人ひとりが通れるほどの裂け目が開いている。

 その向こうには、真っ白な広間のような空間が広がっていた。


 自然の洞窟ではない。

 氷で作られた宮殿だ。


「……趣味悪」


 ティナが呟く。


「でもちょっと綺麗」


 クジャが続ける。


 シルヴァは何も言わず、その裂け目をくぐった。


 中は、異様なほど静かだった。


 天井の高い氷の空洞。

 床は磨かれた鏡のように滑らかで、壁の奥には淡い青い光が流れている。自然にできた場所とは思えない。ラースが長い時間をかけて削り、形を整えた空間なのだろう。


「完全に待ってたんだね」


 クジャが小声で言う。


「ああ」


 シルヴァは前を見据えたままだった。


 広間の最奥。

 一段高い氷の台座の上に、銀髪の男が立っている。


 ラース・ライズ。


 外套の裾が微かに揺れ、周囲の冷気だけが彼の呼吸に合わせて脈打っているようだった。


「来たか」


 それだけだった。

 再会の言葉としては、相変わらず愛想がない。


「お前が呼んだんだろ」


「だから来た」


 シルヴァの返しに、ラースはほんの少しだけ口元を歪めた。


 ティナとクジャは自然と一歩引いた。

 ここから先は、自分たちが割って入るべきではないと、本能が告げている。


 ミルスだけはシルヴァの少し後ろに立ったまま、静かにラースを見ていた。


「随分と手の込んだ迎えね」


「雑魚を通しても面白くない」


 ラースは冷たく返す。


「それに、ここなら邪魔が入らない」


「私たちは邪魔扱い?」


 ティナが少し不機嫌そうに言う。


「事実だ」


「失礼ね!」


「落ち着け」


 シルヴァが短く制した。


 ラースの目は、最初から弟だけを見ている。


「話の続きだ」


「昨日の夜のか」


「ああ」


 ラースは氷の台座からゆっくり降りてくる。


「お前はまだ選べると言った」


「そして今も、そう思っている」


 シルヴァは剣の柄に手を置く。


「俺が何を選ぶか、試したいわけか」


「違う」


 ラースが否定する。


「知りたいだけだ」


「お前が、俺を止めるだけの理由を持っているか」


 氷の広間に、沈黙が落ちる。


 ティナは息を呑む。

 クジャの右目が、じり、と熱を持つ。


 これはただの戦いじゃない。

 思想の確認だ。覚悟の確認だ。


 シルヴァはゆっくりと口を開いた。


「理由なんて大層なもんじゃない」


「でも」


 蒼い瞳が、兄をまっすぐ射抜く。


「お前がこのまま行けば、誰かを巻き込む」


「俺はそれが嫌だ」


 ラースは一瞬だけ黙った。


「ティナやクジャ、ミルスだけじゃない。村も、山も、王都も」


 シルヴァは続ける。


「全部どうでもいいって顔してるけど、お前が核を集めれば、結局世界はもっと荒れる」


「だから止める」


 ラースの瞳が、僅かに揺れた。


「綺麗ごとだな」


「うるせぇ」


「だが」


 ラースはそこで剣を抜いた。


「悪くない」


 白い刃。

 氷をそのまま鍛えたような、静かで冷たい剣。


「なら証明しろ」


 シルヴァも剣を抜く。


「言われなくても」


 次の瞬間、氷の広間の温度が一気に下がった。

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