第43話 中腹へ
翌朝、氷牙山脈の空は曇っていた。
雪は降っていない。
その代わり、風が低く鳴っている。山の奥から、何かがこちらを呼んでいるみたいな音だった。
村の長老は、約束通り四人を山道の入口まで案内した。
そこから先は、もう人の道ではない。岩肌を削るように伸びた細い獣道と、古い氷の階段だけが続いている。
「ここから先は、主の領域」
長老は静かに言った。
「吹雪が来れば道は消える。氷が鳴けば雪崩が落ちる。魔物も出る」
「つまり、いつも通りってことね」
ティナが緊張をごまかすように言う。
長老はそれには答えず、シルヴァを見た。
「風の子」
「主はお前を待っている」
シルヴァは短く頷いた。
「分かってる」
長老はそれ以上何も言わず、村の方へ戻っていった。
残された四人は、白い山道を見上げる。
中腹は見えない。
霧と雪で隠れている。だが、その先にラースがいる。
「行くわよ」
ミルスが先に歩き出す。
ティナとクジャが続き、シルヴァが最後に一度だけ村を振り返ってから、無言で足を踏み出した。
山道は険しかった。
灼炎砂漠とは別の意味で、体力を削られる。
足場は悪いし、空気は薄い。しかも氷の上を歩くたびに、靴裏から嫌な軋みが伝わってくる。
「……これ、ほんとに道?」
ティナが息を切らしながら言う。
「道だよ。たぶん」
クジャが適当なことを言う。
「たぶんって何よ」
「踏み跡あるし」
「獣のじゃないでしょうね」
「それはそれで面白い」
「面白くない!」
そんなやり取りをしていた時だった。
斜面の上から、低い唸り声が響いた。
シルヴァが即座に顔を上げる。
「上だ」
次の瞬間、雪を蹴散らして飛び出してきたのは、凍狼よりさらに大きな魔獣だった。
熊。
だが全身が氷鎧に覆われ、肩から背中にかけて巨大な氷柱のような突起が生えている。
「何あれ!」
ティナが叫ぶ。
「氷甲熊!」
ミルスが杖を構える。
「まともに受けると吹き飛ぶわよ!」
熊型魔獣はそのまま斜面を滑るように突進してくる。
シルヴァが前に出るより早く、クジャがカードを投げた。
「足止め」
カードが足元の雪を爆ぜさせる。
僅かに体勢が乱れたところへ、ティナの光が走る。
「聖光斬!」
氷鎧の肩口が裂ける。
だが浅い。魔獣は止まらない。
「硬い!」
「なら中身ごと潰す!」
ミルスの重力魔法が熊型魔獣の背に落ちた。
ドォン、と重い音。魔獣の脚が一瞬沈む。
その隙へ、シルヴァが駆ける。
「蒼嵐・残刃」
蒼い軌跡が、氷鎧の亀裂へ沿って残る。
遅れて、そこへ刃が通る。
氷が割れ、赤い肉が見えた。
「そこ!」
ティナがすぐに反応し、光を圧縮した一撃を叩き込む。
魔獣が咆哮し、よろめく。
最後はクジャの札が目元へ突き刺さり、巨体が雪の上へ崩れ落ちた。
静寂。
「……今の、連携良かったわね」
ティナが息を切らしながら言う。
「まあね」
クジャが軽く笑う。
「僕たち、だいぶいい感じ」
ミルスも珍しくすぐに否定しなかった。
「ええ。悪くない」
それだけで、ティナは少しだけ嬉しそうな顔になった。
だがシルヴァは、倒した魔獣ではなく、そのさらに上を見ていた。
「……見てるな」
霧の向こう。
明確な姿はない。だが、氷の匂いが強い。
ラースだ。
直接は出てこない。
だが、こうして道中の魔物も、吹雪も、全部こちらを試すように置いてある。
「性格が悪い」
ティナがぽつりと言う。
「今さらだ」
シルヴァの返しは短い。
四人はさらに先へ進む。
中腹はまだ遠い。だが、確実に近づいていた。




