第41話 氷牙の村
吹雪が収まったのは、朝になってからだった。
洞窟の外へ出ると、景色が一変していた。
山道も岩も木々も、昨夜よりさらに深く雪に埋もれている。まるで一晩で別の世界へ塗り替えられたみたいだ。
「……ほんとに人が住めるの、ここ」
ティナが呆れたように呟く。
「住んでるわよ」
ミルスは先へ歩きながら答える。
「少ないけれど、山の民がいる」
その言葉通り、昼頃になると小さな集落が見えてきた。
氷牙山脈の斜面に張りつくように建てられた木造の家々。
煙突から白い煙が上がり、屋根には厚い雪が積もっている。人影は少ないが、完全な廃村ではない。
「村……?」
クジャが目を細める。
「こんなところに」
シルヴァは周囲の気配を探りながら言う。
「妙だな」
「何が?」
「静かすぎる」
その通りだった。
生活の気配はある。家の中に人もいる。だが、外へ出てくる者が一人もいない。こちらを見ている視線だけが、窓の奥にいくつもある。
ミルスが一歩前へ出る。
「敵意はないはずよ」
そう言って、村の中央にある大きめの家へ向かった。
扉をノックすると、中から老人が出てきた。
深い皺。
白い髭。
そして片目だけが、凍った湖みたいに青く濁っている。
老人はミルスを見るなり、低く頭を下げた。
「第四の魔王殿」
「久しぶりね、長老」
ティナとクジャが同時に目を瞬く。
「知り合い?」
「顔広いなぁ」
老人の視線が、今度はシルヴァへ移る。
その瞬間、彼の表情が明確に変わった。
「……なるほど」
「風の子か」
シルヴァが眉をひそめる。
「何だ、その呼び方」
長老は答えず、ただ静かに言った。
「入られよ。話すことがある」
案内された家の中は暖かかった。
中央に大きな炉があり、干した獣肉と薬草の匂いがする。
四人が腰を下ろすと、長老は湯気の立つ飲み物を置いてくれた。
ティナが一口飲んで、目を丸くする。
「おいしい」
「山茶よ」
老人は短く答える。
「冷えに効く」
クジャも気に入ったらしく、すぐに二口目を飲んだ。
長老は火を見つめながら、ゆっくり話し始めた。
「ラース・ライズは、この山の主だ」
「だが支配者ではない」
「……どういう意味だ」
シルヴァが問う。
「守護者に近い」
その答えに、ティナが眉を寄せる。
「守護者?」
「山を越えてくる魔物も、外から来る略奪者も、かつては多かった」
「だが今は少ない。なぜなら、主がその多くを凍らせたからだ」
ミルスが静かに目を細める。
「相変わらずね」
長老は頷く。
「恐ろしいが、同時に山を守ってもいる」
クジャがカップを持ったまま呟く。
「第三勢力って感じだ」
ティナはまだ納得しきれない顔だった。
「でも、核を集めてるんでしょ?」
「そうだ」
長老は認めた。
「主は優しくはない。正しいとも言わぬ」
「ただ、自らの道を行く」
その言葉は、ラースという男の本質をよく表していた。
老人はやがて、シルヴァへ向き直る。
「主は言っていた」
「お前が来るなら、氷牙の中腹へ案内しろと」
シルヴァの目が細くなる。
「……最初からそのつもりか」
「そうだ」
長老は頷いた。
「今夜はここで休まれよ。明日、我らが道を示す」
家を出たあと、ティナはすぐに言った。
「どうするの?」
「行く」
シルヴァの返答は早い。
「だろうね」
クジャが笑う。
「でも、本当に一人で行く気?」
シルヴァは少しだけ黙った。
ラースは前哨戦の時、“今度は一人で来い”と言った。
それが罠である可能性もある。だが、同時に、兄弟の話として決着をつけたい意図も感じる。
「……」
その沈黙を破ったのはティナだった。
「私は行くわよ」
「お前は関係ない」
「関係あるわよ」
ティナは真っ直ぐ言った。
「あなたが一人で無茶するなら、止めるのも含めて関係ある」
クジャも肩をすくめる。
「僕も」
「面倒くさい」
「知ってる」
ミルスは少し離れたところから、そんな三人を見ていた。
「行くのはあなた達次第」
「でも、忘れないで。相手はラースだけじゃない」
「この山そのものも敵になる」
氷牙の中腹。
そこが次の舞台だ。
兄弟の会話が終わる場所か、あるいは始まる場所か。
まだ誰にも分からない。




