第4話 王都レグナ
王都レグナは、遠くからでも分かる街だった。
白い外壁。
高くそびえる尖塔。
朝日を受けて輝く王城と、その隣に建てられた巨大な円形闘技場。
街道の丘を越えた瞬間、ティナが小さく息を呑んだ。
「……すごい」
「田舎者みたいな反応だな」
「実際、神殿育ちみたいなものだもの。王都は何度か来たことあるけど、こうして旅で来ると違うのよ」
シルヴァは肩をすくめた。
正直、建物の大きさに感動する趣味はない。だが、人の流れとオーラの濃さを見る限り、この街が“中心”であることはよく分かった。
城門前は既に人で溢れていた。
商人、旅人、騎士、冒険者、貴族の馬車。
それに混じって、武器を帯びた若者たちの姿も多い。
「闘技大会の参加者ね」
ティナがそう言った時、クジャは既に別のことを見ていた。
「屋台いっぱいある」
「お前、ほんとに緊張感ないな」
「あるよ? だから食べるんじゃん」
「意味分かんねぇ」
王都に入るための検問は思ったより厳しかった。
最近北方の村で魔獣被害が増えていること、正体不明の闇属性持ちが出没していること、そして闘技大会の開催で街が混み合っていること。その全部が重なっているらしい。
だが、ティナが神殿発行の通行証を見せると、兵の態度はすぐに変わった。
「神殿所属の方でしたか。失礼しました」
兵士が頭を下げる。
シルヴァはその横で無言のまま通り抜けた。
クジャは門を潜る直前、ふと立ち止まる。
「……いるね」
「何がだ」
「嫌な匂い。王都の中に、闇が混じってる」
ティナの顔がこわばる。
「魔王軍……?」
「たぶん」
クジャは笑う。
だがその笑みは、いつもより少しだけ薄かった。
「闘技場が本命だね」
王都の中は、北方の村とはまるで別世界だった。
石畳の道は広く、左右に立ち並ぶ店はどれも華やかだ。
パンの匂い、香辛料の匂い、焼いた肉の匂い。
人々の声が重なり合い、風の音すら掻き消されそうになる。
ティナが周囲を見回しながら言う。
「まずは宿を取って、そのあと闘技場の受付に行きましょう」
「飯」
シルヴァが即答すると、ティナは呆れ顔になる。
「宿が先」
「飯」
「宿」
「飯」
「……子どもなの?」
そのやり取りを聞いて、クジャが肩を震わせた。
「二人とも仲いいね」
「よくない」
「よくないわ」
二人同時の返答に、クジャはとうとう声を出して笑った。
結局、宿は闘技場から歩いて十分ほどの場所に取った。
大通り沿いではなく、一本裏へ入った通りにある宿だ。人の目は多すぎず、少なすぎず。いざという時に動きやすい立地を、シルヴァが選んだ。
「あなた、こういう時だけ妙に頼れるのよね」
荷物を置きながらティナが言う。
「こういう時だけって何だ」
「普段は雑なのに」
「雑じゃねぇ」
クジャは窓辺に腰掛けて、街の音を聞いていた。
「……うん、やっぱり濃い」
「何が?」
「闘技場の方。強いのが何人もいる」
その言い方に、シルヴァの口元がわずかに吊り上がる。
「いいな」
「戦う前から楽しそうにしないで」
「お前こそ緊張しろよ」
「してるわよ」
ティナはそう言ってから、少しだけ視線を逸らした。
神殿で鍛えられてきたとはいえ、彼女にとって王都の大舞台は初めてだ。しかも今回は、ただの大会ではない。魔王軍が関わっている可能性まである。
シルヴァはそれを見抜いたのか、珍しく短く言った。
「別に優勝しなくても死にはしねぇ」
「励まし方が下手すぎる」
「励ましたつもりはない」
「余計悪い!」
宿を出た三人は、そのまま中央闘技場へ向かった。
近づけば近づくほど、人の熱気が濃くなる。
大階段の前には受付が並び、参加者らしき武器持ちの若者たちが列を作っていた。
大きな垂れ幕には、こう書かれている。
――王都武闘祭・覇者決定戦
派手だ。
分かりやすく、人を煽る言葉だった。
受付へ向かう途中、シルヴァは何人かの視線を感じていた。
それは好奇の目だけじゃない。探るような、測るような視線だ。
クジャもそれに気づいているらしく、ぼそりと呟く。
「うわ、見られてる」
「有名人だからじゃない?」
ティナの言葉に、シルヴァは眉をひそめる。
「嬉しくねぇな」
「村であれだけ暴れれば噂くらい来るわよ。白髪で、風の剣を使うってだけでも目立つし」
「目立ちたくてやってるわけじゃねぇ」
「でも目立ってる」
受付は案外あっさり済んだ。
名前と年齢、所属を書くだけだ。
シルヴァは所属の欄を空白にした。
ティナは「神殿」、クジャは「無所属」と適当に書いている。
受付係の男は、三人の名前を見て少しだけ表情を変えた。
「……あなた達が、今日の追加参加者ですか」
「何か問題あるの?」
ティナが問うと、男は慌てて首を振った。
「いえ。ただ、予選の組み合わせが少し変則になりまして」
そう言って渡された札には、明日の試合番号が書かれている。
シルヴァの初戦は第三試合。ティナは第五試合。クジャは第七試合だった。
「別々か」
「まあ、個人戦だもの」
「つまんないね」
クジャは札をひらひらさせる。
その無邪気さに、ティナが苦笑した。
受付を終えると、ちょうど闘技場の内覧が始まっている時間だった。
三人は一般観客席へ入り、巨大なフィールドを上から見下ろす。
圧巻だった。
中央の土の舞台。
それを囲む石造りの観客席。
実況席、貴賓席、そして上層の特別席。
シルヴァは闘技場全体を一目見て、すぐに視線を上へ向けた。
「……あそこだな」
「え?」
ティナが追うと、貴賓席のさらに奥、影になっている特別席に、黒いフードの人影がいくつか見えた。
クジャが小さく笑う。
「ほんとだ。闇の匂い、あそこからしてる」
「王都の大会に堂々と紛れ込んでるの?」
「紛れ込むっていうか……」
クジャは首を傾げる。
「最初から噛んでる感じ」
それはティナも薄々感じていた。
大会にしては警備が妙に多い。観客は浮かれているのに、運営側の兵士たちはぴりついている。まるで“何かが起きる前提”で配置されているようだった。
シルヴァは観客席の手すりに肘をつきながら、低く言う。
「面倒だが、逆に分かりやすい」
「何が?」
「ここで何かを選ぶなら、ここで壊せばいい」
ティナは顔をしかめる。
「物騒ね」
「平和な大会じゃないんだろ」
「……それはそうだけど」
クジャはくすくす笑いながら二人を見比べた。
「王都着いてもこの感じなんだ」
「何がだ」
「夫婦漫才」
「違う!」
「違ぇ!」
また同時だった。
クジャは腹を抱えて笑い出す。
そのせいで近くの観客に見られ、ティナは顔を赤くした。
「もう! ほんとに変な子!」
「今さらだよ♠︎」
闘技場を出たあと、三人は大通りの屋台街で遅めの昼食を取ることにした。
ティナがパンとスープの店を選ぼうとしたのに対し、シルヴァは肉串の屋台へ向かい、クジャは両方買っていた。
「何本食う気だよ」
「シルヴァが三本、ティナが二本、僕が四本」
「お前が一番多いじゃない」
「成長期だもん」
「全員成長期だろ」
ベンチに並んで腰掛け、肉串を食べる。
王都の喧騒を前にしているのに、その時間だけは不思議と穏やかだった。
ティナがぽつりと呟く。
「……こんなの、変な感じ」
「何が」
「魔王がどうとか、封印がどうとか言ってるのに、こうして普通にご飯食べてるの」
シルヴァは肉を飲み込んでから言う。
「食わねぇと戦えねぇだろ」
「それはそうだけど」
「でも分かるかも」
クジャが空を見上げる。
「大変なことの途中でも、こういう時間ってあるんだよね」
その声は少しだけ静かだった。
ティナは横目で彼女を見る。
「クジャ」
「ん?」
「あなた、前にもこういうこと……」
問いかけの途中で、クジャはふっと笑って話を逸らした。
「さ、明日は試合だし。今日は早めに休もっか」
ティナはそれ以上聞かなかった。
無理に踏み込めば、クジャはもっと遠くへ逃げる。そんな予感があった。
夕方、宿へ戻る前に、シルヴァは一人で少しだけ街を歩いた。
王都の風は、北方の村とは違う。
人が多い分、情報も雑音も多い。
だが、その中に混じる“異物”は逆に目立った。
裏路地。
人気のない石畳。
その奥で、黒い外套の男たちが何かを運んでいる。
闇の匂い。
シルヴァが気配を消して近づくと、会話が聞こえた。
「明日の第三試合だ」
「白髪の剣士をまず見る」
「隊長への報告は?」
「既に上げてある。第五だけでなく、第二も動くかもしれん」
シルヴァの目が細まる。
第五だけじゃない。第二。
つまり、隊長は一人ではない。
男たちが荷箱を開ける。
中には黒い石板のようなものが詰まっていた。見ただけで分かる。まともな代物じゃない。闇属性の魔導具だ。
その瞬間、シルヴァの足元で小石が鳴った。
「誰だ!」
男の一人が振り返る。
シルヴァは舌打ちして、そのまま路地へ飛び込んだ。
「風脚」
風が足にまとわりつく。
加速。影を抜ける。男たちの剣が届く前に間合いへ入り、二撃で二人の意識を刈り取る。
最後の一人が石板を持って逃げようとしたところへ、横から一枚のカードが飛んだ。
石板を持つ手首に刺さる。
「やっぱりシルヴァだ」
屋根の上から、クジャが笑っていた。
「お前……」
「夜のお散歩。ティナもいるよ」
振り返ると、路地の入口にティナが立っている。剣を抜き、警戒していた。
「一人で出るの、やめてって言ったでしょ」
「言われた覚えはない」
「今言う!」
石板はティナが回収し、クジャが気絶した男たちの懐を探る。
出てきたのは、魔王軍の紋章が刻まれた黒い札だった。
「やっぱり」
ティナが息を吐く。
「大会そのものが、魔王軍に監視されてる」
「監視だけじゃねぇな」
シルヴァが石板を睨む。
「何か仕掛ける気だ」
クジャは札をくるくる回しながら、軽い調子で言った。
「つまり明日は、普通の試合じゃ終わらない」
「……楽しそうに言うな」
「だって退屈よりいいし」
「そういう問題じゃない」
ティナがぴしゃりと言う。
それでも、三人とももう分かっていた。
王都レグナ中央闘技場。
明日、そこはただの舞台ではなくなる。




