第36話 道中のぬくもり
アストラを出てから二日。
景色はまた少しずつ変わっていった。
赤茶けた地面は灰色に、灰色はやがて白く、空気は乾いた熱を失って、代わりに薄い冷たさを帯びるようになる。
氷牙山脈へ向かう道は、灼炎砂漠よりは歩きやすい。
だがそのぶん、不気味な静けさがあった。
「今度は寒いわね」
ティナがマントの襟を寄せる。
「文句多いなぁ」
クジャが笑う。
「暑いのと寒いのは別の話よ」
「でもティナって分かりやすくて可愛いよね」
「なんで今その評価になるの」
シルヴァは前を歩きながら、薄く風をまとって周囲の気配を探っていた。
雪はまだない。だが山脈の奥から吹き下ろしてくる風の中に、確かにラースの気配がある。
近いようで遠い。
遠いようで近い。
そんな、わざとこちらをじらすみたいな距離感だった。
昼過ぎ、小さな谷間へ入り、四人はそこで休憩を取ることにした。
岩に囲まれていて風が弱い。火を起こすのにも向いている。
ティナとクジャが湯を沸かし、ミルスが簡単な保存食を整え、シルヴァは周囲の見張りを兼ねて少し高い場所へ上がる。
「ほんと、自然に役割分担するようになったよね」
クジャが鍋をかき混ぜながら言う。
「前はもっとぐちゃぐちゃだったもの」
ティナが頷く。
「最初の頃なんて、シルヴァが一人で勝手に前行ってたし」
「今も行くじゃない」
「今は少しだけ待てるようになった」
「少しだけ?」
「少しだけ」
ミルスがその会話を聞きながら、小さく笑う。
「成長してるじゃない」
「ミルスの“成長”って褒めてるように聞こえないのよね」
「気のせいよ」
クジャがくすくす笑う。
「でも実際、アストラ前と今だと別人だもんね」
「そこまで?」
「うん。ティナは前より前に出られるようになったし、シルヴァは周りを待てるようになったし」
「クジャは?」
ティナが聞く。
「僕は……ちょっとだけ、自分のことも考えるようになった」
その答えに、ティナの手が止まった。
「それ、すごく大事じゃない」
「でしょ?」
「もっと早くそうなって」
「努力する」
クジャは冗談めかして笑ったが、その声音はちゃんと真面目だった。
やがて湯気の立つスープが配られる。
味は簡素だが、温かいだけで十分だ。
「おいしい」
ティナがぽつりと呟く。
「分かる」
クジャも頷く。
風の音、鍋の音、マグカップに触れる指先の熱。
ただの休憩なのに、変に記憶へ残りそうな時間だった。
シルヴァが高台から降りてきて、短く言う。
「周囲に敵はいない」
「ほんとに?」
「少なくとも今はな」
ミルスはそれを聞いて、少しだけ表情を緩めた。
「なら食べなさい。冷めるわよ」
シルヴァは受け取ったスープを一口飲み、ふっと息を吐いた。
「……悪くない」
ティナが目を丸くする。
「え、珍しい」
「何がだ」
「あなたが素直に感想言うの」
「腹減ってたんだろ」
「そういうところよ」
クジャが楽しそうに笑う。
「でもさ」
「ん?」
「こういう時間、あと何回あるかなって思うと」
クジャはスープの湯気を見つめる。
「ちょっとだけ大事にしたくなる」
ティナはその言葉にすぐ頷いた。
「分かる」
ミルスは何も言わない。
けれど、その横顔は少しだけ遠くを見ていた。
昔も、きっとこんな時間があったのだろう。
勇者パーティと一緒に。
シルヴァだけが黙っていたが、その沈黙も否定ではなかった。
穏やかな時間。
だがそれは、長くは続かない。
風が少し変わった。
冷たく、鋭く。
シルヴァが顔を上げる。
「……来る」
その一言で、四人は同時に立ち上がった。




