第34話 第三魔王ネメシス
北側防壁では、クジャが限界寸前だった。
右目の熱はもう“痛い”では済まない。
頭の奥が焼け、視界が赤く明滅する。カードを握る指先にまで痺れが走っていた。
「……っ、はぁ」
それでも倒れない。
影の軍勢は明らかに減っている。
ティナが地下中枢を止め、正面でシルヴァがネメシス本体を押し始めたせいだ。
「なら……もうちょい」
クジャは防壁の縁に片膝をつきながら、遠くの正面を見た。
眼帯の下の右目が、ネメシスの本体と繋がる線を捉える。
そこへ、シルヴァの蒼い軌跡が重なった。
「……うわ」
クジャは思わず笑った。
「かっこよ」
だが、その一瞬の気の緩みを狙うように、ネメシスの影が最後の牙を剥いた。
黒い槍が、クジャの背後から伸びる。
「クジャ!」
ティナの声。
間に合わない。
その瞬間、空から重力の杭が落ちた。
影の槍が地面へ縫い付けられる。
ミルスだ。
「ぼんやりするな!」
「ごめん!」
クジャは笑いながらも、最後のカードを指先に挟む。
「じゃあ、締めるよ」
その札は今までより薄く、赤い。
禁札。
完全解放ではない。だが、通常札よりずっと危険なもの。
「それは駄目!」
ティナが叫ぶ。
「一枚だけ!」
クジャは有無を言わせず、線の先へ向けてそれを放った。
札が夜を裂く。
ネメシスの本体へ繋がる“核線”に重なる。
同時に、正面でシルヴァが踏み込んでいた。
ネメシスはクジャの札に気づき、反射的に影へ沈もうとする。
だが、その一瞬遅れが致命的だった。
「終わりだ」
シルヴァの蒼い軌跡が、ネメシスの胸を横一文字に断ち切る。
「蒼嵐・断界」
蒼い線が残る。
その上にクジャの赤い札が重なった。
ドォォォォォン!!
影の中核が爆ぜる。
ネメシスの身体が止まった。
胸から黒い光が溢れ、維持していた影の軍勢が一斉に崩れ落ちていく。
ティナが息を呑む。
「決まった……」
ネメシスは膝をついた。
黒い血が石畳を濡らす。
「……なるほど」
その声は静かだった。
怒りも、嘆きもない。ただ、少しだけ興味深そうに。
「風の子」
「眼帯の器」
「光の剣」
彼の視線が順に三人へ向く。
「厄介だ」
シルヴァは剣を下ろさない。
「まだ喋れるなら終わってねぇな」
「終わるさ」
ネメシスの口元が、わずかに歪む。
「だが遅い」
ミルスが目を細めた。
「何を……」
「核は、もう動き始めている」
その言葉と同時に、遠くの空で何かが脈打った。
黒い雲の向こう。
ノクティス大陸のどこかで、巨大な闇が呼吸したような感覚。
クジャの右目が、最後に大きく疼く。
「……魔王」
ネメシスが笑った。
「そうだ」
「ゼノアは、もう目覚める」
その言葉を最後に、第三魔王の身体は影へ崩れた。
残ったのは黒い結晶――第三魔王のコアだけだ。
静寂。
アストラの夜が、ようやく戻ってくる。
ティナは剣を下ろし、クジャはその場に座り込んだ。
「もう無理……」
「だから無茶するなって言ったでしょ!」
「でも役に立った」
「そういう問題じゃない!」
ミルスは第三のコアを回収しながら、重く息を吐いた。
「勝ったけど、時間はないわね」
シルヴァは遠くの黒い空を見ていた。
今の脈動。
ネメシスの最期の言葉。
全部が、次の段階を示している。
「……ラースも動くな」
その呟きに、クジャが薄く笑う。
「うん」
「絶対来る」
ティナは疲れた顔のまま、それでも立ち上がった。
「じゃあ休める時間、もうないの?」
「少しはある」
ミルスが答える。
「でも、次は“修行の続き”じゃない」
「本格的に、六魔王の残りを取りに行く」
シルヴァは剣を収める。
蒼い軌跡の感覚は、まだ手に残っていた。
「……行くか」
アストラでの修行は、一つの区切りを迎えた。
シルヴァは新しい風を掴み、ティナは光の圧縮を覚え、クジャは代償と引き換えに仲間を守り抜いた。
そして第三魔王は落ちた。
だが、世界は待ってくれない。
闇は次の局面へ進み始めている。




