第33話 蒼い軌跡
正面防壁前では、ネメシスとシルヴァの戦いがさらに激化していた。
影の刃。
風の斬撃。
黒と蒼が何度もぶつかり、アストラの石畳を裂いていく。
「成長したな」
ネメシスが低く言う。
「うるせぇ」
シルヴァは短く返す。
ネメシスの戦い方は、相変わらず厄介だった。
真正面からぶつからない。影に潜り、死角を取り、反応を遅らせる。
だがシルヴァも、さっきまでとは違っている。
風の流れが読めない場所――それがネメシスの移動先。
その違和感だけを拾って、刃を合わせていく。
とはいえ、まだ決定打には届かない。
斬っても浅い。
当てても逃げられる。
ネメシスの“本体”はいつも半歩だけ深いところにいる。
「足りない」
ネメシスの声が冷たい。
「お前の風はまだ、流れでしかない」
「なら形にするだけだ」
シルヴァが踏み込む。
風脚。加速。斬撃。
蒼い線が走る。
だが今度も、空中に一瞬残って消えるだけだった。
「惜しい」
ネメシスがわずかに笑う。
「だが、惜しいでは届かない」
影の槍が四方から迫る。
シルヴァが受け切るより早く、光が横から走った。
「聖光斬!」
ティナが戻ってきた。
白い刃が影を焼き払い、ミルスの重力がネメシスの足元を一瞬だけ鈍らせる。
「地下は止めた!」
「クジャは!?」
「持ちこたえてる!」
その答えを聞いた瞬間、シルヴァの目がさらに鋭くなった。
まだ誰も倒れていない。
なら、ここで終わらせる。
ネメシスが少しだけ表情を変える。
「……なるほど」
「仲間の有無で、その程度は変わるか」
「当たり前だ」
シルヴァが低く言い捨てる。
「一人で強いだけの奴に負けるかよ」
その言葉に、ネメシスの目が細くなる。
感情は薄いくせに、“否定された”ことだけは伝わったらしい。
「不快だな」
「そうか」
シルヴァの足元に、今まで以上に静かな風が集まる。
荒々しい嵐ではない。刃の形だけをした、薄く鋭い風。
ティナが息を呑む。
「シルヴァ……」
ミルスも気づいていた。
「来る」
シルヴァは剣を引く。
振るう、ではなく――“置く”。
「……蒼嵐」
一閃。
今度は違った。
斬撃が飛んだのではない。
シルヴァが通った軌道そのものに、蒼い線が残る。空間へ貼り付くように、ほんの一拍、刃の形をした風がそこに“ある”。
ネメシスの目が見開かれた。
「――っ!」
避けたつもりだった。
だが残された蒼い軌跡が、遅れて彼の肩口を深く切り裂く。
黒い血が大きく散る。
ティナが叫ぶ。
「残った……!」
ミルスの口元が上がる。
「形になった」
シルヴァ自身も、その感覚を掴んでいた。
風を飛ばすのではない。
自分が通った一線を、ほんの少しだけこの世界に残す。
「……これか」
ネメシスが後ろへ跳ぶ。
今度は明確に警戒していた。
「その風」
「お前……」
「まだ入口だ」
シルヴァは剣先を向けた。
「十分だ」
その時、北側防壁の方から爆発音が響いた。
クジャだ。
ネメシスの気配が、一瞬だけそちらへ揺れる。
それで十分だった。
「見るな」
シルヴァが踏み込む。
「蒼嵐・残刃」
蒼い軌跡が二本、三本と残る。
避けた先へ、遅れて斬撃が置かれる。
ネメシスの外套が裂け、腕が裂け、頬が裂けた。
初めて、第三魔王が本気で押された。




