第31話 眼帯の代償
北側防壁に残ったクジャは、ゆっくりと息を吐いた。
眼帯の下が焼けるように熱い。
視界の半分が、現実とは違う色に染まっていく。
普通の目で見えるのは、アストラの夜と黒い影の群れ。
右目で見えるのは、その奥にある“線”だ。
魔力の流れ。
本体へ繋がる脈。
どこを断てば、この闇が大きく崩れるのか。
「やっぱり、嫌な感じ」
クジャは苦く笑った。
影の獣が三体、同時に飛びかかってくる。
だが今のクジャには、動きが遅く見えた。
「カード牢」
指先から放たれた札が宙で組み上がる。
四方を囲む光の格子。影の獣たちはその中へ閉じ込められ、次の瞬間まとめて爆ぜた。
ドォォン!!
だが、すぐに別の影が防壁を登ってくる。
数が多い。キリがない。
「面倒だなぁ……ほんと」
軽く言う。
けれど声に余裕はなかった。
右目を使うたび、世界の輪郭が歪む。
壁が波打って見える。遠近感が狂う。足元が少しだけ揺らぐ。
それでも、見なければいけない。
ネメシスの本体へ繋がる線は、一本じゃなかった。
囮。分岐。虚偽。影に紛れた本命。
「性格悪っ」
クジャは吐き捨てるように言って、さらに眼帯を持ち上げた。
赤い紋様が強く光る。
「……見えた」
一本。
他と違う、妙に深い線。アストラの地下中枢へ潜り込んだ影から、正面のネメシス本体へ返っている。
そこだ。
クジャはカードを十枚、一気に展開した。
「千影札」
札が分裂し、空に無数の刃が走る。
影の軍勢を切り裂きながら、一本の線だけを追う。
ネメシスの地下侵食影へ直撃。
都市の下から、甲高い悲鳴のような音が響いた。
クジャの口元が上がる。
「当たり」
だが同時に、右目の奥に鈍い痛みが走る。
「っ……!」
膝が揺れる。
視界が明滅する。
影の一体が、その隙を見逃さなかった。
黒い槍がクジャの脇腹を掠める。
「うわ、痛……」
浅い。だが熱を持った痛みが広がる。
クジャは傷口を押さえながら、なお笑った。
「やっぱり、簡単にはいかないか」
その時、防壁の上に光が走った。
「クジャ!」
戻ってきたのはティナではなかった。
アストラの魔導端末たちだ。小さな光がいくつも飛び回り、クジャの周囲へ簡易障壁を展開している。
「補助を行います」
「負荷が高すぎます」
「右眼出力、危険域接近」
「ありがとう、助かる」
クジャは息を整える。
まだ倒れるわけにはいかない。
だってティナは下へ走った。
シルヴァは正面で戦っている。
ここを崩されたら、全部終わる。
「……もうちょっとだけ」
眼帯を戻しきらず、半ば開いたままクジャは再びカードを構えた。




