第30話 再襲
アストラの結界が、悲鳴のような音を立てて軋んだ。
ネメシスの影は、ただ数が多いだけじゃない。
侵食だ。結界そのものへ食らいつき、少しずつ“弱い場所”を見つけて広げようとしている。
「長引かせたら不利ね」
ミルスが言う。
「つまり速攻だ」
シルヴァが一歩前に出る。
「待って」
ティナが腕を掴む。
「一人で行く気?」
「前に出るだけだ」
「それが危ないって言ってるの!」
言い争う一拍の間に、クジャが眼帯を押さえながら外を睨んでいた。
「……北側」
「何だ」
「結界の薄いところ。ネメシス、本命をそこに寄せてる」
ミルスが即座に判断する。
「ティナ、クジャは北側へ。シルヴァは私と正面」
「分かった!」
四人は散る。
アストラの高層回廊から北側の防壁へ走るティナとクジャ。
正面の大階段を降りるシルヴァとミルス。
影の群れは既に都市の縁を覆っていた。
人型の影が壁をよじ登り、獣型の影が結界へ噛みつき、槍のような影が空から降り注ぐ。
「鬱陶しい!」
ティナが光の剣でそれを薙ぎ払う。
斬った瞬間だけ、影が浄化されたように霧散する。
「光は効く!」
「でも数が多い!」
クジャのカードが飛ぶ。
爆ぜる。裂ける。弾ける。だが、また増える。
「本体叩かないとキリないね」
その“本体”を、クジャの右目は探していた。
一方、正面。
ネメシスは一段高い瓦礫の上から、まるで舞台を見る観客みたいに立っている。
シルヴァが階段を駆け下りた瞬間、影の刃が何十本も飛んだ。
「風断」
蒼い刃がそれを薙ぎ払う。
以前より精度が増している。だが、まだ決め手じゃない。
ミルスの重力魔法が横から支援する。
「足を止めなさい」
影の群れが一斉に地へ叩きつけられる。
その間に、シルヴァがさらに前へ。
ネメシスが少しだけ口元を上げた。
「良くなっている」
「うるせぇ」
「だがまだ足りない」
ネメシスの姿が霧のように揺れた。
次の瞬間には、シルヴァのすぐ横。
だが、今度はシルヴァも反応した。
「読める」
風脚。
半身だけずらし、すれ違いざまに斬り上げる。
ネメシスの外套が裂け、黒い血が一筋だけ飛んだ。
ネメシスの目が細くなる。
「……ほう」
手応えはある。
だが、深くはない。
北側では、クジャがようやく“線”を掴み始めていた。
影の群れの中心。
結界の薄い一点。
そこから、本体へ繋がる気配。
「見えた」
「どこ!?」
ティナが叫ぶ。
「中央じゃない。もっと外」
クジャは右目の痛みに顔をしかめながら、それでも笑った。
「ネメシス、自分をわざと遠くに置いてる」
「本命は正面のシルヴァたちじゃない。アストラの中枢だ」
ティナの背筋が冷える。
「魔力炉!」
「うん。あれ壊されたら、ここの時間圧縮も結界も終わり」
その瞬間、都市の地下から鈍い振動が走った。
ドン――
ミルスの顔色が変わる。
「下から……!」
ネメシスが笑う。
「気づくのが遅い」
アストラの地下へ、既に別の影が入り込んでいたのだ。
クジャが眼帯へ手をかける。
「ティナ、行って」
「でもあなたは!」
「僕が止める」
「無茶よ!」
「無茶しないと、皆まとめて死ぬ」
その言葉の重さに、ティナは唇を噛んだ。
クジャは眼帯を、ほんの少しだけ持ち上げる。
赤い光が漏れる。
「行って」
ティナは迷った。
だが次の瞬間、地下からさらに大きな振動が走り、彼女は歯を食いしばって走り出す。
「死なないでよ!」
「善処する!」
クジャは一人、北側防壁に残った。
影の軍勢が迫る。
その向こうに、本体へ繋がる線がある。
「さて」
右目が焼ける。
それでも、ここで退けない。
「ちょっとだけ、頑張ろうか」
夜のアストラで、第三魔王との本格的な再戦が始まった。




