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風葬のシルヴァ  作者:
第一章 風の少年
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第3話 眼帯の少女

 宿場町の食堂が、一瞬で戦場に変わった。


 客たちが悲鳴を上げて逃げる。椅子が倒れ、皿が割れる。

 暖炉の火が揺れ、壁に映る影が伸びた。


「下がってろ、ティナ」


「言われなくても――!」


 ティナが剣を抜く。

 先頭の男は笑みを崩さないまま抜刀した。


 速い。

 だが、シルヴァから見れば“普通に速い”程度だ。


 男の剣が喉を狙って伸びる。

 シルヴァは椅子を蹴って身をずらし、そのまま抜刀した。


 細い風鳴り。

 男の剣が弾かれ、手首に赤い線が走る。


「っ……!」


「魔王軍か?」


 シルヴァの問いに、男は舌打ちしただけだった。

 答えたのは、横にいた別の女だった。


「だったらどうした」


 短剣使い。身軽い。

 ティナへ向かって駆ける。


 ティナは半歩も引かなかった。


「光刃」


 白い閃きが走る。

 女の短剣が中ほどから折れ、そのまま胴へ蹴りが叩き込まれる。壁に激突し、息を詰まらせた。


「悪くないね」


 クジャが笑う。

 彼女の前には三人目の男が立っていた。大柄で、両手に斧を持っている。


「ガキが」


「女の子にガキって言うと嫌われるよ?」


「知るか!」


 斧が振り下ろされる。

 食堂の床板ごと割るような一撃。


 しかし、クジャの姿はそこになかった。


「――え?」


 大男が目を剥く。

 クジャはいつの間にか、彼の真後ろに立っていた。まるで最初からそこにいたみたいに自然に。


 指先に挟んだカードが、一枚だけ光る。


「遅い」


 カードがひらりと舞う。

 次の瞬間、大男の膝裏が裂けた。体勢が崩れたところに二枚目。首筋に薄い線が入る。


 大男はそのまま床へ沈んだ。


 ティナが目を見張る。


「……速い」


「でしょ?」


 クジャは笑ってみせるが、その呼吸はわずかに荒い。

 シルヴァは見逃さなかった。さっき“消えた”のではない。あれは、瞬間的に空間の位置をずらしたような、妙な感覚だった。


 ただの手品ではない。


 男たちが崩れたところで、食堂の入り口から低い拍手が聞こえた。


 パチ、パチ、パチ。


「噂以上だな」


 現れたのは、長身の男だった。

 黒い外套。整った顔立ち。静かな目。だが、その身に纏うオーラは場違いなほど重い。


 ティナが剣先を向ける。


「また……!」


 男は軽く一礼した。


「魔王軍第五隊長、ベルーゼ」


「……」


「と言いたいところだが、今日は名乗るだけにしておこう」


 シルヴァの目が細まる。


「隊長だと?」


「そうだ」


 ベルーゼは穏やかに言う。

 その穏やかさが逆に不気味だった。


「王都の闘技場には、面白い人材が集まる。だから見に来た」


「見物か」


「違う。選別だ」


 その言葉に、ティナの顔色が変わる。


「やっぱり……」


 ベルーゼはティナを一瞥し、それからクジャへ目を止めた。


「眼帯の娘」


「……なに?」


「その目は、まだ生きているのか」


 クジャの笑みが、一瞬だけ薄くなった。


「さあ。どうだろうね」


「隠し通せるとは思うなよ」


 ベルーゼはそう言ってから、シルヴァへ視線を戻す。


「風葬のシルヴァ。お前は確かに面白い」


「だから、闘技場で待つ」


「王都レグナ中央闘技場。そこでお前の価値を測る」


 シルヴァは一歩前に出た。


「今ここでやらねぇのか」


 ベルーゼが、ほんの少しだけ笑う。


「ここでは狭い」


「それに、お前はまだ“本気”じゃない」


 図星だった。


 シルヴァは眉を寄せる。

 ベルーゼほどの相手なら、確かにここで戦えば宿ごと吹き飛ぶ。


「逃げる言い訳にしちゃ上等だな」


「そう思うなら、闘技場で証明しろ」


 ベルーゼは踵を返す。

 そのまま扉へ向かい、最後にこう言い残した。


「王都の闘技場は、もうただの見世物ではない」


「魔王の眼が、そこにある」


 夜風が吹く。

 気づけば、彼の姿は消えていた。


 食堂には静寂だけが残る。


 ティナが息を吐く。


「……隊長」


「五人いるって話、本当だったのね」


 シルヴァは剣を収めた。


「ああ」


 クジャは倒れた椅子を起こしながら、軽い調子で言う。


「じゃあ王都、ますます楽しみだ」


「お前、怖くないのか」


「怖いよ?」


 クジャは笑った。


「でも、怖いのと面白いのって両立するし」


 ティナが呆れた顔になる。


「その考え方、どうかしてるわ」


「よく言われる」


 そう返してから、クジャはふと真顔になった。


「……でも気をつけて」


「闘技場にはたぶん、“隊長より上”が来る」


 シルヴァとティナが同時に彼女を見る。


「何で分かる」


「匂い」


 クジャは眼帯に触れた。


「闇の匂いが濃すぎる」


 その夜、三人は同じ宿に泊まることになった。

 当然ティナは最初反対したし、クジャは「別に同室でもいいけど?」とからかったし、シルヴァは「地獄か」と本気で顔をしかめた。


 結局、部屋は二つ。

 ティナとクジャが一部屋、シルヴァが隣だ。


 夕食後、廊下で顔を合わせた時、ティナが小さな声で言った。


「……ねえ」


「何だ」


「クジャのこと、どう思う?」


「面倒」


「そこじゃなくて」


「強い。何か隠してる。以上」


 ティナは少しだけ笑う。


「あなた、見るところは見てるのね」


「当たり前だろ。背中預けるかもしれねぇ相手だ」


 その言葉を言ってから、シルヴァ自身が一瞬だけ止まった。

 “背中を預ける”。そんなことを、もう二度と考えないつもりだったのに。


 ティナはそれ以上深くは触れなかった。

 ただ、静かに言った。


「私は、あの子を信じたい」


「勝手にしろ」


「あなたも、少しは信じてるでしょ」


「……寝ろ」


 シルヴァはそれだけ言って、自分の部屋へ戻った。


 窓を開けると、王都の方角から風が吹いてくる。

 まだ遠い。だが確実に、何か大きなものが待っている。


 闘技場。

 選別。

 魔王の眼。


 そして、眼帯の少女――クジャ。


 シルヴァはベッドに腰を下ろし、剣を脇へ立てかける。

 眠りにつく直前、ふと窓の外に気配を感じた。


 見れば、向かいの屋根の上にクジャが座っていた。

 眼帯の少女は夜風に髪を揺らしながら、どこか遠くを見ている。


 シルヴァが窓を少し開ける。


「何してる」


 クジャは振り返って、にっこり笑った。


「眠れなくて」


「子どもか」


「そうかも」


 それから彼女は、少しだけ真面目な声で言った。


「ねえシルヴァ」


「なんだ」


「王都に着いたら、たぶん面倒なことになる」


「今さらだな」


「その時、君は誰を助ける?」


 変な質問だった。

 シルヴァは眉をひそめる。


「助けられる方を助ける」


「……そっか」


 クジャは笑った。

 でもその笑顔は、少しだけ寂しそうに見えた。


「やっぱり、君ってそういう人なんだね」


 彼女はそれ以上何も言わず、屋根の向こうへ跳んで消えた。

 風だけが残る。


 翌朝。

 三人は王都レグナへ向けて再び街道を歩き出す。


 まだ知らない。

 王都の闘技場で待つ戦いが、ただの大会ではなく――“世界の裏側”への入口になっていることを。

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