第28話 休息の午後
修行ばかりが続くと、人は壊れる。
それを知っているのか、ある日ミルスは珍しくこう言った。
「今日は半日休み」
ティナが本気で疑った。
「罠?」
「違うわ」
「ほんとに?」
「休みって言ってるでしょう」
クジャはその場で両手を上げた。
「勝った」
「何にだよ」
「人生に」
「意味分かんない」
アストラでの半日休みは、外の世界とはまるで違う静けさを持っていた。
壊れた橋の上を歩く。
魔導灯が揺れる広場で座る。
小さな魔導端末たちに案内されて、古い図書室や展望塔を覗く。
何をするにも特別なわけではない。
それでも、戦わなくていい時間があるだけで、空気が柔らかかった。
ティナは図書室の一角で、古い神話書を見つけて読み耽っていた。
クジャは魔導端末たちに混じって遊んでいる。何をしているのかと思えば、カード当てらしい。
「そのカード、同じに見えます」
「違うよ、よく見て」
「分かりません」
「可愛い」
シルヴァは呆れた顔でそれを横目に見ながら、窓辺に座って剣の手入れをしていた。
「あなたって本当に、休みの日も休んでないわね」
ティナが本を閉じて言う。
「手入れは必要だ」
「それはそうだけど」
「お前こそ、何読んでる」
「神話」
「真面目だな」
「あなたが読まなさすぎるのよ」
ティナは立ち上がって、窓の外を見る。
アストラの空はいつも曇っている。だが今日は、雲の切れ間から少しだけ光が差していた。
「こういう場所なのに、綺麗ね」
「壊れてるからだろ」
「どういう感性?」
「無駄が削れてる」
「分からないようでちょっと分かるのが悔しい」
そこへクジャが戻ってきた。
「シルヴァ」
「何だ」
「魔導端末たちが君のこと、“風の壊し屋”って呼んでた」
「誰のせいだよ」
「壁」
ティナが即答する。
クジャも真顔で頷いた。
「壁だね」
「……今度から壊さない」
「それ、信じていい?」
「努力はする」
「壊すやつの台詞じゃないわ」
昼食は、アストラの保存庫に残っていた乾燥果実と焼き立てのパンだった。
焼き立てと言っても魔導窯で焼いたものらしいが、温かいだけで十分に嬉しい。
四人で同じ卓を囲む。
こういう光景にも、もうだいぶ慣れた。
ティナがパンをちぎりながら、ふと問う。
「ねえミルス」
「何?」
「あなたって、どうして私たちを鍛えるの?」
クジャが顔を上げる。
シルヴァも手を止めた。
ミルスは少しだけ考え、静かに言った。
「借りがあるから」
「借り?」
「昔、救われたの」
その言葉に、シルヴァの目がわずかに揺れた。
「勇者パーティの誰かに?」
「ええ」
ミルスは柔らかく笑う。
「だから今度は、私が返す番」
ティナはそれ以上は聞かなかった。
聞けばきっと、昔の話に深く踏み込むことになる。それはまだ、今じゃない気がした。
クジャが代わりに空気を変えるように言う。
「じゃあさ、借りを返し終わったらどうするの?」
「どうしようかしら」
「のんびり?」
「あなたみたいに?」
「悪くないよ」
クジャが笑い、ティナも笑う。
シルヴァは無言だったが、その横顔は少しだけ緩んでいた。
束の間の休息。
それは、次の戦いが来る前の静かな贈り物みたいな時間だった。




