第27話 風の形
アストラでの修行は、後半に入るほど過酷になった。
最初は単純な戦闘訓練だったものが、今では魔王級を想定した複合戦闘になっている。
視界を奪う幻術。
足場そのものを崩す重力操作。
周囲の魔力を乱す妨害陣。
その全部を同時にぶつけてくるのだから、まともな人間が音を上げるのも当然だった。
「まともな人間じゃない扱いされてるの、地味に腹立つ……」
ティナが床に転がったまま言う。
「まだ喋れるなら余裕あるわね」
ミルスは容赦なく返した。
「それフォローじゃなくて煽りよ」
クジャが食堂で盗んできたらしい果実水を飲みながら笑う。
「ティナって最近、ツッコミの切れ増したよね」
「嬉しくない成長!」
シルヴァはそんな二人を無視して、訓練場の中央に立っていた。
今日の課題は単純だった。
“風を刃として飛ばす”のではなく、“風の流れそのものを固定して残す”。
言葉にすると訳が分からない。
実際、シルヴァ本人も最初は意味が分からなかった。
「風は流れるものだろ」
「ええ」
ミルスは頷いた。
「でも、あなたの風は本来“流れ”じゃなく“現象”に近い」
「神の力に触れている風は、もっと自由に形を変える」
「だから、止められる」
「意味が分からねぇ」
「分かるまで振るのよ」
それがミルス流だった。
シルヴァは剣を構える。
足元で風が巻く。刃に沿って蒼い気配が集まり、いつものように圧が生まれる。
「……風断」
一閃。
風の刃が飛ぶ。
だがそれだけだ。固定されない。残らない。空気を裂いて終わる。
ミルスは首を振った。
「違う」
「知ってる」
「じゃあもう一度」
何度目かも分からない繰り返しだ。
ティナとクジャも見ていた。
戦闘訓練ではなく、こういう一点突破型の修行はシルヴァに多い。だが、それだけ彼の中に“何か”が眠っているということでもある。
ティナが小さく言う。
「見てると分かるけど、確実に変わってきてるわよね」
「うん」
クジャも頷く。
「風が前より静か」
「静か?」
「シルヴァの風って、最初は暴れてたんだよ。強いけど荒い感じ」
「今は……なんていうか、狙ってる」
ティナは感心したように息を吐いた。
「あなた、そういうの分かるのね」
「見えてるからね」
クジャは軽く眼帯を叩く。
その仕草に、ティナの表情が少し曇る。
右目の負担は増えている。
クジャは軽く流しているが、ティナには分かる。最近、彼女が何でもないところで眼帯を押さえる回数が増えた。
「クジャ」
「ん?」
「無理してない?」
「してるよ」
「え」
「修行なんだから当然じゃん」
「そういう意味じゃなくて!」
クジャは笑った。
だが、その笑みの奥に少しだけ疲れが滲んでいた。
その時だった。
「……っ」
訓練場の中央で、シルヴァの風が一瞬だけ“止まった”。
斬撃の軌道に沿って、薄い蒼の線が空中へ残る。
一拍だけ。ほんの一瞬だけ。だが確かに。
ミルスの目が細くなる。
「今」
シルヴァ自身も気づいていたらしい。
剣を下ろし、空中に残っていた蒼い線がほどけて消えていくのを見つめる。
「……あれか」
「ええ」
ミルスはゆっくり頷いた。
「今の感覚を掴みなさい」
「風を飛ばすんじゃない。“そこに置く”の」
シルヴァは何も答えず、もう一度剣を構えた。
風が集まる。
今度は速さではなく、輪郭を意識しているのが分かる。
「やる気だね」
クジャが小さく笑う。
「こういう時のシルヴァ、意地悪くて好き」
「意地悪いの?」
ティナが首を傾げる。
「負けず嫌いって意味」
「それは分かる」
二人がそんな会話をしている横で、シルヴァは何度も剣を振り続けていた。
蒼い線は、まだ一瞬しか残らない。
それでも、確かに前へ進んでいる。
風の形。
神風への、ほんの小さな入り口。




