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風葬のシルヴァ  作者:
第三章 魔導の魔王
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第22話 魔王の修行

 翌朝――いや、アストラの内部時間で言えば“翌朝”だが、外ではまだ大して時間が経っていないはずだった。


 シルヴァたちは塔の最下層へ呼び出された。


 そこは訓練場だった。

 広い。とにかく広い。石の床には幾重もの魔導陣が刻まれており、天井には浮遊結晶が並んでいる。中央には人形のような訓練体が何十体も静止していた。


 ティナが嫌な予感を隠さずに言う。


「……まさか、あれ全部?」


「全部」


 ミルスは即答した。


「まず確認するわ。あなた達がどれだけ足りないか」


「言い方」


「優しい方よ」


 クジャが小さく笑う。


「じゃあ優しくない方は?」


「死ぬ」


「分かりやすい」


 ミルスが杖を軽く打つと、訓練体の目が一斉に光った。


「第一段階。対多数戦闘」


「第二段階。連携」


「第三段階。魔王級核への対処訓練」


 ティナが顔を引きつらせる。


「最初から濃くない?」


「当たり前でしょ。暇じゃないのよ」


 次の瞬間、訓練体が全部動いた。


「来る!」


 ティナが剣を抜く。

 シルヴァは風を足にまとわせ、最前列へ飛び込んだ。


「風断!」


 一体、二体、三体。

 鋼鉄製らしい訓練体の関節を正確に断ち切る。


 だが止まらない。

 後列がすぐ前へ出る。無駄のない動き。しかもミルスの魔導補助が入っているのか、反応が妙に速い。


「本気で殺しに来てない!?」


 ティナが悲鳴まじりに叫ぶ。


「来てないわよ」


 ミルスは壁際で腕を組んでいる。


「本気なら今頃半分死んでる」


「それフォローになってない!」


 クジャがカードを飛ばしながら笑う。


「ティナ、右!」


「分かってる!」


 ティナの光が訓練体の腕を薙ぎ払う。

 そこへシルヴァが踏み込み、残った胴を断つ。


「連携は悪くない」


 ミルスの評価は冷静だった。


「でもクジャが一人で捌きすぎ。ティナは守りに寄りすぎ。シルヴァは前に出すぎ」


「全部駄目ってこと!?」


「伸びしろがあるって意味よ」


 クジャが肩をすくめた。


「前向きだなぁ」


 訓練体は次々と崩れる。

 だが、一時間、二時間と続けるうちに、シルヴァたちの呼吸は確実に重くなっていった。


 ミルスは一切甘やかさない。

 水分補給と短い休憩以外、休ませる気がない。


 昼を回った頃、ティナがついに床へ膝をついた。


「む……り……」


「駄目」


 ミルスが即答する。


「膝をついた状態から立て直す訓練も必要よ」


「鬼……」


「魔王よ」


「そうだった!」


 クジャが吹き出しかけたが、その直後に訓練体の拳が飛んできて危うく顔面を潰されかけた。


「うわっ、危な!」


「笑ってる暇あるなら動け」


 シルヴァが言う。


「相変わらず余裕ないね」


「余裕があったらこんなとこで訓練してねぇ」


 それでも、そのやり取りが三人の呼吸を少しだけ軽くする。


 日が暮れる頃――内部時間で言えばだが――ようやく第一日の訓練が終わった。


 ティナはその場で仰向けに倒れ、クジャは床に大の字になり、シルヴァだけが何とか立ったままだった。


 ミルスは三人を見下ろし、静かに言う。


「悪くない」


「……今ので?」


 ティナが半泣きで聞く。


「ええ。特にシルヴァ」


 シルヴァが顔を上げる。


「何だ」


「あなた、風の流れを“読む”だけじゃなく、“作り始めてる”」


 その指摘に、シルヴァは少しだけ目を細めた。

 自覚はあった。踏み込みの時、ただ風に乗るのではなく、自分の動きに合わせて風そのものを軌道にしている感覚。


「でもまだ粗い」


 ミルスは容赦なく続ける。


「神の力に届くには全然足りない」


「神の力って、やっぱり“神風”のこと?」


 ティナが尋ねる。


「ええ」


 ミルスは頷いた。


「シルヴァの奥に眠っている、本来の風」


「魔王を断つための風よ」


 クジャが床に寝転がったまま言う。


「主人公すぎる」


「うるさい」


 それでも、その言葉はシルヴァの胸に残った。


 神風。

 まだ名前だけだ。だが、確かに何かが内側で目を覚ましかけている。


 訓練のあと、三人は食堂代わりの部屋へ移され、簡素な夕食を取った。

 パン、スープ、肉。味は悪くない。むしろ疲れた身体には染みた。


 ティナは匙を持ったまま半分眠っている。


「寝るならベッド行け」


「……食べる」


「どっちよ」


 クジャはけらけら笑っていたが、その笑い方も少しだけ弱い。右目の負担が完全には抜けていないのだろう。


 シルヴァはそれを横目で見て、ぽつりと言った。


「無理はするな」


 クジャが目を丸くする。


「急に優しい」


「気のせいだ」


「ティナ、今の聞いた?」


「……聞いた……」


 ティナは眠そうな目のまま笑う。


「優しいじゃない」


「うるせぇ」


 その夜、シルヴァは一人で訓練場へ戻った。


 眠れなかったからだ。


 誰もいないはずの広い空間で、彼は剣を抜いた。

 風を足に。腕に。刃に。


「……神風、か」


 まだ掴めない。

 だが、ミルスの言う通りなら、ここで手を伸ばさなければ届かない。


 剣を振るう。

 一閃。

 風が走る。まだ荒い。


 もう一度。

 もう一度。


 やがて、背後から声がした。


「真面目ね」


 振り返ると、ミルスが立っていた。


「眠れないの?」


「お前こそ」


「私はこういう時間が好きなの」


 ミルスは訓練場の端へ歩き、柱にもたれた。


「昔のあなたも、皆が寝たあとに一人で剣を振っていた」


 シルヴァは眉をひそめる。


「昔話ばっかりだな」


「今のあなたに繋がってるもの」


「……」


「シルヴァ」


 ミルスの声が、ほんの少しだけ柔らかくなる。


「あなたは“生まれた理由”なんてどうでもいいと思ってるかもしれない」


「でもね、それでも選ぶのはあなた自身よ」


 シルヴァは剣を下ろした。


「何が言いたい」


「神に作られたから魔王を倒すんじゃない」


「あなたが決めるの」


 沈黙が落ちる。

 遠くで魔力炉の音が低く鳴っている。


「……説教か」


「少しね」


「魔王のくせに」


「魔王だからよ」


 ミルスはそう言って微笑んだ。


「さあ、寝なさい。明日はもっときついわよ」


 それを聞いて、シルヴァは本気で嫌そうな顔をした。

 ミルスは珍しく声を上げて笑った。

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