第21話 魔導都市アストラ
灼炎砂漠を抜けた先に、都市の残骸があった。
巨大な石柱。
半ば崩れた円塔。
宙に浮いたまま静止している砕けた橋。
そして地面一面に描かれた、古代の魔導陣。
普通の廃墟ではない。
見ただけで分かる。ここは“壊れた”のではなく、“止まった”のだ。
「すごい……」
ティナが思わず呟く。
「綺麗」
クジャも珍しく素直な感想を漏らした。
赤茶けた砂漠を越えてきたぶん、灰青色の石造都市は異様なほど静謐に見える。空気さえも、ここだけ少し違う。熱が薄く、代わりに魔力が濃い。
「ここがアストラ」
ミルスの声が、いつもより少しだけ柔らかい。
「私が第四魔王になってから、拠点にしている場所」
「帰ってきた、って感じ?」
ティナの問いに、ミルスは微かに笑う。
「そうね」
「でも故郷ではないわ」
シルヴァは周囲を見回しながら言う。
「罠は?」
「ある」
「あるのかよ」
「私以外が入ると勝手に起動する類のものが少し」
「少しって言い方やめて」
クジャが肩をすくめる。
都市の中央には、ひときわ大きな円形の塔があった。
上部は崩れているのに、下層の魔導機構だけはまだ生きているらしい。近づくにつれ、石壁の紋様が淡く発光し始めた。
ミルスが杖を掲げる。
「解除」
空気が震える。
塔の扉が静かに開いた。
内部は外見以上に広かった。
吹き抜けの大空間に、何層もの足場が螺旋状に巡っている。中央には巨大な結晶柱が立ち、その中を青白い光が上へ流れていた。
「魔力炉よ」
ミルスが説明する。
「都市全体の心臓みたいなもの」
「まだ動いてるの?」
「最低限だけね」
ティナは感心したように結晶柱を見上げる。
「これ全部、あなたが管理してるの?」
「一人では無理」
「じゃあ誰が」
ティナが聞いたところで、天井近くの足場から、小さな光がいくつも飛んできた。
「おかえりなさいませ、ミルス様」
「遅かったですね」
「そちらが新しい客人ですか?」
光は人型に近い輪郭を持っていた。
精霊でも人間でもない、小型の魔導端末――言うなれば意思を持った魔法機械だ。
クジャが目を輝かせる。
「可愛い」
「触ると噛むわよ」
「怖い」
そのやり取りのあと、ミルスは三人へ向き直った。
「ここでしばらく修行する」
「やっぱり」
クジャが言う。
ティナは観念したように息を吐いた。
「期間は?」
「外の時間なら数日」
「“外の時間なら”ってなによ」
「この都市の中枢は時間圧縮に近い魔導が生きてるの」
ミルスはさらりと言う。
「内部で数ヶ月鍛えても、外では数日しか経たない」
ティナとクジャが同時に目を丸くした。
「便利」
「怖い」
感想が真逆だった。
シルヴァはただ一言。
「やるなら早くしろ」
ミルスの口元が少しだけ上がる。
「いいわ」
「まずは休みなさい。明日から地獄よ」
夜、アストラの一室に案内された三人は、久しぶりにまともな寝床へ身体を沈めた。
柔らかい。
広い。
そして何より、静かだ。
「生き返る……」
ティナが寝台に倒れ込みながら言う。
「宿よりいいじゃん」
クジャは窓辺に腰掛け、都市の夜景を眺めていた。
壊れた魔導都市なのに、ところどころの灯りが星みたいに揺れている。
「綺麗だね」
「そうだな」
シルヴァが短く返す。
ティナは寝台の上から二人を見て、少しだけ笑った。
「こういう時間、増えたわよね」
「増えて悪いか」
「悪くない」
クジャは窓の外を見たまま言う。
「でも、こういう時ほど気を抜くと怖い」
シルヴァの視線が彼女へ向く。
「第三か」
「うん」
クジャは眼帯に軽く触れた。
「まだ見てる」
その一言で、部屋の空気が少しだけ張り詰めた。
ミルスの言う通り、ここで強くなる必要がある。
ラース。ネメシス。魔王軍の隊長。
追いつくべき相手が多すぎる。
「……寝るぞ」
シルヴァがそう言って剣を壁へ立てかけると、ティナが半分笑いながら言った。
「現実逃避みたいに寝るのやめてくれる?」
「考えても強くならねぇ」
「あなたらしいわね」
だがその乱暴さが、今は少しだけ心地よかった。




