第2話 王都への道
ラヤ村を出て二日。
雪景色は次第に薄れ、街道沿いの景色にも人の気配が増え始めていた。
王都レグナへ向かう主要街道には、行商人の馬車や旅人が多い。ノクティス封印の噂で北方が物騒になっているとはいえ、王都そのものはまだ賑やかだ。
そして賑やかなのは、街道も同じだった。
「ねぇシルヴァ」
「なんだ」
「さっきから歩くの速い」
「普通だ」
「普通じゃない」
ティナが睨む。
シルヴァは肩越しに一度だけ彼女を見た。
息が少し上がっている。だが文句を言いながらもついてくるあたり、体力はある。
「鍛え方が足りねぇだけだろ」
「あなた基準で言わないで」
「基準は強い方に合わせるもんだ」
「理不尽」
短いやり取りのあと、ティナは少し黙った。
その沈黙が長く続かないことを、シルヴァはまだ知らない。
「……ねぇ」
「だから何だ」
「あなた、いつも一人なの?」
シルヴァは少しだけ眉を寄せた。
「どういう意味だ」
「そのままの意味。仲間とか、いないの?」
「いない」
「家族は?」
「……」
一拍。
「いた」
それだけ答えて、シルヴァは前を向く。
ティナはそれ以上は聞かなかった。
聞いてはいけない温度が、その一言に混ざっていたからだ。
代わりに、少しだけ話題を変える。
「私は神殿育ちだから、こういう旅って慣れてなくて」
「見りゃ分かる」
「失礼ね」
「だって荷物の詰め方が下手だ」
「え?」
ティナが慌てて背中の荷袋を触る。
確かに、歩くたびに片側だけ揺れていた。
「……ほんとだ」
「重心が偏ってる。肩壊すぞ」
シルヴァは歩きながら紐をほどき、手際よく荷を組み替えた。無駄な動きがない。
ティナが目を丸くする。
「意外」
「何がだ」
「そういうの雑そうなのに」
「旅ぐらいしてる」
「何年くらい?」
「覚えてない」
「雑」
ティナが吹き出した。
シルヴァは不機嫌そうに見えたが、少なくとも嫌そうではない。
その日の夕方、二人は街道沿いの小さな宿場町へ入った。
王都ほどではないが人通りは多い。石畳の道、木造の宿屋、酒場の灯り。ようやくまともな食事にありつけそうな匂いが、通りに満ちている。
「今日はここで泊まる」
シルヴァがそう言った時には、すでに彼の視線は宿屋の看板と値段を見ていた。
「えっ、迷わないの?」
「宿代が高いとこは飯も高い。看板が新しいと観光客向け。こういう古いとこが一番マシだ」
「……旅慣れてる」
「今さらか」
宿を決め、荷を置き、二人は一階の食堂へ降りた。
暖炉の火が暖かい。煮込みの匂いがする。ティナの表情が少しだけ緩む。
「生き返る……」
「まだ死んでねぇだろ」
「気分の話」
テーブルにつくと、シルヴァは一番安い定食を二つ頼んだ。
焼いた肉、黒パン、豆の煮込み。豪華ではないが、温かいだけで十分だ。
ティナがスープを口にした瞬間、目を丸くする。
「おいしい」
「普通だ」
「あなた、味覚まで厳しいの?」
「腹に入れば大体一緒だろ」
「雑」
そうして珍しく穏やかな時間が流れかけた、その時だった。
「へぇ」
背後から、軽い声がした。
「風葬のシルヴァって、ちゃんとご飯食べるんだ」
シルヴァが振り返る。
そこにいたのは、銀髪の少女だった。
年の頃は二人と同じくらい。小柄で細い。
だが、印象に残るのは顔立ちよりも先に右目の眼帯だ。装飾の少ない黒い眼帯。服は旅装だが、どこか舞台衣装めいて洗練されている。指先で一枚のカードを遊ばせていた。
「……誰だ」
「ひどいなぁ」
少女はくすっと笑って、空いている椅子に勝手に座った。
「追いかけてきたのに」
「追いかけてくるな」
「そこはありがとうとかじゃない?」
「なるわけないだろ」
ティナが警戒しつつ口を開く。
「あなた、誰?」
「クジャ」
少女はにっこり笑った。
「クジャ・レイン。しばらく一緒に行く予定の、可愛い仲間候補」
「候補の段階で勝手に決めるな」
「だって君たち、面白そうだし」
クジャはそう言って、テーブルに肘をつく。
「王都の闘技場、出るんでしょ?」
「……なんで知ってる」
「闇の匂いがしてるから」
その言い方に、ティナの表情が少し変わる。
「あなたも、さっきの影のことを?」
「見てたよ」
クジャはカードを指で跳ねさせる。
「王都の闘技場、今すごく嫌な空気なんだよね。強いのが集まる場所ってだけじゃない。何かを“選ぶ”ための匂いがする」
シルヴァは無言で彼女を見つめた。
冗談っぽい口調のくせに、言っていることは核心に近い。
「……お前、何者だ」
「ただの旅人」
「嘘だな」
「バレた?」
クジャは笑う。
だが、その眼帯の奥だけは笑っていないように見えた。
宿の扉が開く。夜風が吹き込む。
その瞬間、シルヴァは微かに殺気を感じた。
クジャも同時に気づいたらしい。カードを指先で止める。
ティナはまだ分かっていない。
食堂の奥、酒を飲んでいた男が立ち上がった。
旅人風だが、足運びに無駄がない。腰の剣は使い込まれている。しかも、一人ではない。別の席にも二人、同じような気配がある。
シルヴァが小さく呟く。
「囲まれてるな」
「うん」
クジャが楽しそうに返す。
「王都前でご挨拶ってわけだ」
男たちがゆっくりとこちらへ近づく。
食堂のざわめきが、少しずつ消えていく。
先頭の男が笑った。
「風葬のシルヴァ」
「闘技場へ行く前に、少し試させてもらおうか」
ティナが立ち上がる。
シルヴァは静かに剣の柄に触れた。
そしてクジャは――
「やっと退屈しなくなってきた」
そう言って、眼帯の端を軽く押さえた。




