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風葬のシルヴァ  作者:
第三章 魔導の魔王
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第19話 禁眼の片鱗

 熱風が砂を巻き上げる。


 第五魔王アグニス・バルドは、膝をついてなお生きていた。

 喉元を裂かれ、核を半ば露出させながらも、その巨体はまだ終わっていない。背中の亀裂から溶岩のような赤光が脈打ち、今にも最後の暴走を始めそうな気配があった。


 だが、クジャが感じていた“嫌なもの”は、それとは別だった。


「近い……」


 眼帯の下が熱を持つ。

 焼けるように痛い。


「クジャ?」


 ティナが振り返る。


 クジャは片手で眼帯を押さえたまま、砂漠の奥を睨んでいた。

 見えている。まだ姿はない。だが、黒く細い線のような気配が、まっすぐこちらへ伸びてきている。


 闇。

 しかも、獣のように荒々しいアグニスの気配とは違う。冷たく、細く、鋭い。


 シルヴァが剣を構え直しながら問う。


「何がいる」


「……分からない。でも」


 クジャの声が少し掠れる。


「魔王級」


 その一言に、ミルスの表情が変わった。


「まさか、もう……」


 彼女が最後まで言い切るより早く、アグニスが咆哮する。

 膝をついた巨獣の周囲で炎が爆ぜ、砂そのものが溶け始める。


「まだ終わってない!」


 ティナが叫ぶ。


「終わらせる!」


 シルヴァが再び踏み込もうとした瞬間、アグニスの核が黒く光った。


 暴走。


 ミルスが舌打ちする。


「核が剥き出しのまま暴走するなんて――最悪ね」


 アグニスの身体から噴き上がる炎が、さっきまでとは比べ物にならない密度になる。

 砂漠の空気が悲鳴を上げたようだった。


 ティナは一歩下がる。


「どうするの!?」


「核を砕くしかない」


 ミルスの答えは早かった。


「でも近づいたら焼かれる!」


「だから――」


 ミルスが言葉を切った時、クジャの右目の痛みが限界を越えた。


「っ……!」


 膝が折れかける。


 シルヴァがとっさに支える。


「おい」


「……ちょっと、ごめん」


 クジャは苦く笑った。


「我慢してたけど、もう無理かも」


 眼帯の下で、魔王の欠片が明確に脈動していた。

 敵の核。気配の流れ。見えすぎる。脳が焼ける。


「クジャ、使う気?」


 ティナの顔が強張る。


「片鱗だけ」


「そんな軽く言わないで!」


「でも必要でしょ」


 クジャはそう言って、ゆっくり眼帯に手をかけた。


 ミルスが鋭く言う。


「開けすぎるな」


「分かってる」


 言いながら、クジャは眼帯をほんの少しだけずらした。


 その瞬間。


 空気が変わった。


 赤く、黒い、異質なオーラが一閃だけ漏れ出す。

 ティナが息を呑み、シルヴァの目が細くなる。


「……見えた」


 クジャの右目は、普通の瞳ではなかった。

 赤い輝きの奥に、魔法陣みたいな細い紋様が幾重にも走っている。


 クジャはアグニスを見ていた。


「核、ちょっと右にずれてる」


「何?」


「シルヴァ、今の位置じゃ浅い」


「……そうか」


 シルヴァは躊躇わない。


 クジャの言葉をそのまま信じ、剣の切っ先を僅かに下げる。


「もう一つある」


 クジャの声が低くなる。


「来てるやつ。こっちを見てる」


「誰だ」


「……第三」


 ミルスが目を見開いた。


「第三魔王?」


「たぶん」


 だが今は、そちらに割く余裕がない。


 アグニスが最後のブレスを吐こうと頭を持ち上げる。

 熱が一点に集まり、空気が歪む。


「シルヴァ!」


 ティナが叫ぶ。


 シルヴァは風を足へ集め、一直線に走る。


「風脚」


 アグニスの視界がクジャの異質な眼に一瞬だけ乱れた。

 その隙を、ティナの光が縫う。


「聖光縛!」


 光の鎖が首筋へ絡み、巨獣の顎を半拍だけ止める。


 ミルスの重力が重なる。


「落ちなさい」


 頭部が僅かに沈む。


 そこへ、シルヴァの剣が届いた。


「風葬――!」


 蒼い一線。


 今度は迷わない。

 クジャが見た“本当の位置”へ、そのまま断ち切る。


 アグニスの核が砕けた。


 爆ぜる熱。

 巨獣の咆哮が途中で途切れ、その巨体が前のめりに崩れ落ちる。


 ドォォォォォン――ッ!


 砂漠が揺れた。


 静寂。


 クジャはすぐに眼帯を戻したが、呼吸が荒い。

 ティナが駆け寄る。


「大丈夫!?」


「ちょっと頭痛いだけ」


「全然大丈夫そうに見えない!」


 クジャは苦笑した。


「でも倒せた」


 アグニスの死骸の上に、赤黒い光が浮かび上がる。


 第五魔王のコア。


 ミルスがそれを慎重に見つめる。


「これで、二つ」


「いや」


 シルヴァが低く言った。


「さっきクジャが言ってたやつが先だ」


 風が変わっている。

 熱とは別の、冷たい闇の匂いが近づいていた。


 砂丘の向こう、蜃気楼に歪んだ地平線の上。

 黒い影が一つ、静かに立っている。


 ティナが剣を構える。


「……誰」


 クジャが眼帯の上から目元を押さえ、かすかに笑った。


「やっぱり来た」


 影は、砂漠の熱をまるで気にしないように歩いてくる。

 細い身体。長い黒衣。中性的な顔立ち。冷たい眼。


 男は、アグニスの死骸よりも先に、クジャを見た。


「その眼」


 静かな声。


「まだ残っていたか」


 ミルスが低く呟く。


「第三魔王……ネメシス•ヴァイル」


 男――第三魔王ネメシスは、薄く笑った。


「久しいな、第四」


 砂漠の熱が、一気に冷えた気がした。

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