第16話 焚き火の向こう
夜は深かった。
灼炎砂漠の手前とはいえ、日が落ちても完全に涼しくはならない。
熱を孕んだ風が岩場を抜け、焚き火の炎を揺らす。
見張りは交代制になった。
最初はシルヴァ、次がティナ、その次がクジャ、最後がミルス。
ティナは最初、「クジャに任せて大丈夫なの?」と本気で心配していたが、クジャは「夜目は強いよ」と笑っていた。冗談半分に聞こえるのが逆に不安だった。
シルヴァの見張り番の時、クジャは結局眠らずに起きていた。
「寝ろ」
「眠くない」
「昼間、“死ぬ”とか言ってただろ」
「死ぬほど暑いって意味であって、眠いとは言ってない」
「屁理屈」
クジャは焚き火のそばに座り、膝を抱える。
その横顔は普段より少し静かだ。
「ねえ、シルヴァ」
「なんだ」
「君は何のために戦ってるの?」
唐突な問いだった。
だが、夜の火を前にすると、そういう話が不自然じゃなくなる。
シルヴァはしばらく答えなかった。
風の音と火の音だけが続く。
「……分からねぇよ」
ようやく出てきた言葉は、それだった。
「最初は、生きるためだった」
「今は?」
「目の前の面倒事が放っておけねぇだけだ」
「ティナみたい」
「やめろ」
クジャが小さく笑う。
「でもさ、そういうのって案外大事だと思う」
「大層な理由なんてなくても、放っておけないから剣を抜くって」
「……お前は」
シルヴァが目だけ向ける。
「何のために戦ってる」
クジャは焚き火を見たまま、しばらく黙った。
「最初は、死なないためだった」
「今は?」
「……君たちが死なないように、かな」
その言葉はあまりにもさらっとしていた。
冗談みたいに軽い声で言うから、一瞬本気に聞こえない。
だが、シルヴァは分かった。
クジャは本気で言っている。
「自分はどうでもいいのか」
「そういうわけじゃないよ」
クジャは苦笑する。
「でも、僕ってちょっと壊れやすいから」
「またその話か」
「大事だよ、これ」
クジャは眼帯に触れる。
「これを外すと見えるものが増える。便利。でも、そのぶん削れる」
「何がだ」
「僕の中の、色々」
「曖昧すぎる」
「だって自分でもよく分からないんだもん」
彼女はそう言って肩をすくめた。
「気づいたら終わってた、ってことだけは避けたいけどね」
「……勝手に終わるな」
「うん」
クジャは笑った。
「君がそう言うなら、頑張る」
その時、ティナが寝返りを打った。
毛布の中からもぞもぞと起き出し、半分寝ぼけたままこちらを見る。
「……なにしてるの」
「青春」
「違うわよ」
クジャが即答し、シルヴァは呆れたように息を吐いた。
ティナは目を擦りながら焚き火のそばへやってくる。
「交代でしょ。私の番」
「まだ少し早い」
「いいの。目が覚めちゃったし」
そう言って座り込むティナを見て、クジャがにやりと笑った。
「じゃあ僕は寝ようかな」
「どうぞ」
「ほんとに青春じゃなかった?」
「寝ろ」
クジャは楽しそうに毛布へ戻っていった。
シルヴァとティナだけが焚き火の前に残る。
しばらく無言だったが、不意にティナが言う。
「……私ね」
「何だ」
「怖いのよ、やっぱり」
その告白は、風に消えそうなほど小さかった。
「魔王も、隊長も、ノクティスも。全部怖い」
「知ってる」
「でも」
ティナは炎を見る。
「それ以上に、目の前で誰かが消える方が嫌」
シルヴァは返事をしない。
けれど、その沈黙は拒絶ではなかった。
「だから、私は戦う」
ティナは静かに言う。
「守るため、とか、正義のため、とかもあるけど」
「結局は、私が嫌だから」
「大した理由だな」
「笑った?」
「少しな」
「最低」
けれど、ティナも少しだけ笑っていた。
火が小さく弾ける。
焚き火の向こうで、二人の影が揺れる。
日常の延長みたいなこの会話も、たぶん長くは続かない。
明日にはまた、魔王がいて、戦いがあって、血が流れる。
だからこそ、こういう夜が必要だった。




