第14話 氷の兄
空気が変わった。
第二魔王ヴォルグを倒した直後だというのに、森の温度が一気に下がる。
黒い土の表面が、ラースの足元から白く凍り始めていた。
ティナがシルヴァを見る。
「……知り合い?」
シルヴァは剣を抜いたまま、短く答える。
「兄貴だ」
「は?」
あまりに唐突すぎて、ティナの反応が遅れた。
クジャは逆に、面白がるでもなく、妙に納得した顔になる。
「へぇ」
「似てるっちゃ似てるね」
「どこがだ!」
「目」
そんな会話をしている間にも、ラースは真っ直ぐコアへ向かって歩いてくる。
迷いがない。殺気も薄い。だからこそ余計に怖い。
ミルスがコアの前へ立つ。
「これは渡せないわ」
「別にお前に聞いていない」
ラースの声は低く、静かだ。
「シルヴァ」
彼は弟の名を呼ぶ。
「止めるか」
「止める」
「そうか」
それだけで十分だった。
次の瞬間、ラースの姿が消えた。
「――っ!?」
ティナが目で追えないほどの速度。
気づいた時には、彼はミルスのすぐ横へ踏み込んでいた。
だが、ミルスも遅れてはいない。
「重力偏移」
ラースの足元の空間がずれる。
踏み込みが半歩だけ狂う。その一瞬で、シルヴァが間に割り込んだ。
「風断!」
氷の剣と風の剣がぶつかる。
キィィィン――!
甲高い音。
衝撃。
シルヴァの身体が数歩分押し返される。
「重っ……」
ただの剣圧ではない。
氷そのものの重みが、刃を通してのしかかってくる。
ラースが僅かに笑う。
「腕は上がったな」
「そっちは性格が悪くなった」
「元からだ」
短いやり取りのあと、再び二人がぶつかる。
風と氷。白と蒼が交差する。
ティナは呆然としていた。
速い。重い。鋭い。どちらも人間離れしている。
「何なのよ、この兄弟……」
「血が濃いんだろうね」
クジャは軽く言いながらも、カードはいつでも飛ばせる位置にあった。
ラースが一歩退き、氷の剣を肩へ担ぐ。
「まだ甘いな、シルヴァ」
その足元から、巨大な氷槍が地面を突き破って生えた。
シルヴァだけでなく、ミルス、ティナ、クジャまでを巻き込む広範囲攻撃。
「ちょっと!」
ティナが光で弾き、クジャがカードで軌道を逸らす。
ミルスは後ろへ飛びながら、ラースを睨みつけた。
「巻き込む気満々ね」
「どうせ死なないだろ、お前たちは」
「ずいぶん買われたものだわ」
ラースは答えず、倒れた第二魔王の残骸へ視線を向ける。
コアはまだそこにある。だが、彼の狙いはそれだけではないようだった。
「シルヴァ」
「何だ」
「今のお前じゃ、ゼノアには届かない」
その名が出た瞬間、森の空気がまた重くなった。
ティナが目を見開く。
「魔王の名前……」
「知ってるに決まってるだろ」
ラースは淡々と言う。
「俺は第六魔王だ」
「……っ」
ティナが息を呑む。
クジャも今度ばかりは笑わなかった。
ミルスだけが、最初から分かっていた顔で目を細める。
「人間のままではいられなかったのね」
「そういうお前も、同じ側にいる」
「私はまだ選べるわ」
「俺も選んでる」
ラースはそう言って、第二魔王のコアへ手を伸ばした。
今度はシルヴァが止めようとするより早く、ミルスが魔法を放つ。
「落ち着きなさい!」
重力がコアの周囲だけを押し潰す。
だが、ラースの氷がそれを受け止めた。
「無駄だ」
彼の指先がコアに触れる。
黒赤い結晶が、ひび割れた。
ティナが叫ぶ。
「まずい!」
次の瞬間、コアの中身――濃縮された魔王の力が、黒い霧となってラースの身体へ吸い込まれていった。
森が凍る。
空気が軋む。
ラースのオーラが、一段跳ね上がった。
シルヴァの目が細まる。
「……そうやって集めてんのか」
「そうだ」
ラースの瞳は変わらず冷たい。だが、その奥の光だけが少し濃くなっていた。
「力は奪うためにある」
「魔王も、神も、関係ない」
「最後に立つのが俺なら、それでいい」
ティナが一歩前へ出る。
「それで世界がどうなっても?」
「知ったことか」
「最悪ね」
「人間の基準で語るな」
ラースはティナを一瞥しただけで切って捨てる。
その態度にティナがさらに怒りそうになった時、シルヴァが低く言った。
「お前は仲間じゃない」
「当然だ」
「敵でもない」
「それも違う」
ラースはほんのわずかに口元を歪める。
「俺は俺だ」
それだけ言い残し、彼は森の奥へ背を向けた。
「待て!」
ティナが叫ぶ。
だがラースは止まらない。
「次に会う時、お前がまだ生きてるなら」
肩越しに、弟だけを見る。
「もう少し面白くなっていろ」
冷たい風が吹く。
次の瞬間には、銀色の背は黒い森の奥へ消えていた。
静寂が戻る。
ティナが大きく息を吐く。
「……何なのよ、あの人」
「兄貴だ」
「それは聞いた!」
シルヴァは剣を収める。
「第三勢力ってやつだろ」
「都合よく現れて、都合よく奪って、都合よく消える」
「最悪じゃない」
クジャがくすりと笑う。
「でも、嫌いじゃないでしょ?」
「……」
シルヴァは答えない。
だが、その沈黙だけで十分だった。
ミルスは砕けたコアの残滓を見下ろしながら、低く呟く。
「これでラースは二つ目」
「時間がないわね」
「どういう意味だ」
シルヴァの問いに、ミルスは顔を上げた。
「六魔王の核は、互いを引き寄せる」
「ひとつでも集まり始めれば、残りも加速する」
「つまり、ここから先はもっと速くなる」
ティナが顔をしかめる。
「もっと、って」
「次は第三じゃない」
ミルスは森のさらに奥、黒い空の向こうを見る。
「もっと厄介なのが来る」
その時だった。
遠くの空で、炎が上がった。
黒い雲の向こうが、赤く染まる。
熱風が、ここまで届く。
クジャが眼帯の上から目元を押さえた。
「うわ」
「今度は何」
「暑いやつ」
シルヴァが剣の柄に手を置く。
「第二が消えて、次が動いたか」
ミルスが頷いた。
「行くわよ」
「次は、炎の領域」
こうしてシルヴァたちは、ノクティス大陸での最初の戦いを終えた。
第二魔王は倒れた。
だが核は奪われた。
そして、第三勢力ラース・ライズが、明確にその姿を現した。
闇の大陸の旅は、まだ始まったばかりだ。




