第13話 第二魔王ヴォルグ・ガルディア
それは“人型”だった。
だが、人と呼ぶには大きすぎる。
十メートルどころではない。十五、いや二十近いかもしれない。全身が黒い岩と大地の塊でできており、その隙間を赤い光が脈動している。頭部には王冠のような角があり、眼窩の奥で二つの炎が静かに燃えていた。
第二魔王――ヴォルグ・ガルディア。
その名を、シルヴァはまだ知らない。
だが、目の前の存在が“王”であることだけは、本能が理解していた。
ティナの喉が鳴る。
「これ……今までのと、同じ魔物なの?」
「違うわ」
ミルスの声は低い。
「これが本物」
巨人の魔王は、ゆっくりと口を開いた。
「……ミルス」
地の底から響くような声だった。
「久しいな」
「相変わらず無駄に大きいわね」
「貴様は相変わらず軽口が多い」
ヴォルグの視線が、シルヴァたちへ移る。
その瞬間、空気の重さが一段増した。
「人間……」
「まだこの大陸に踏み入るか」
シルヴァは剣を構える。
「来たからには帰るつもりもある」
「面白い」
ヴォルグの口元が、僅かに吊り上がった気がした。
「なら、試してやろう」
その瞬間、地面が持ち上がった。
いや、正確には――ヴォルグが地面そのものを操っていた。
黒い土が波のように盛り上がり、巨大な槍となって四人を襲う。
「散って!」
ミルスが叫ぶ。
ティナは横へ飛び、クジャは木の上へ跳び、シルヴァは風で前へ抜けた。
しかしミルスだけが逃げない。
「面倒な力ね」
彼女の足元に魔法陣が走る。
「重力反転」
土槍が途中で軌道を失い、逆さまに叩き落とされた。
ヴォルグがほんの僅かに目を細める。
「やはり貴様は厄介だ、第四」
「褒めても何も出ないわよ」
クジャが枝の上からカードをばら撒く。
「行くよっ」
爆裂の魔力を帯びたカードがヴォルグの目を狙う。
だが、魔王は片腕で顔を覆っただけで済ませた。
ドォォォン、と爆ぜる。
土煙が上がる。
「効いた!?」
ティナが言う。
「いや」
シルヴァは既に動いていた。
「風脚」
土煙を裂いて懐へ潜り込む。
狙うのは首ではなく、胸の中央――赤い光の脈動している部分だ。
「風断!」
斬撃が走る。
だが、ヴォルグの胸を覆う岩は予想以上に硬く、表面を深く削るに留まった。
「……浅い」
ヴォルグの大きな手が迫る。
シルヴァは咄嗟に後ろへ跳んだ。
次の瞬間、さっきまでいた地面が丸ごと砕ける。
「シルヴァ!」
ティナの光が飛ぶ。
「聖光斬!」
白い刃がヴォルグの腕を断ち切ろうとする。
だが、魔王は腕を振り上げただけでその光を弾いた。
「光……か」
ヴォルグの声が少しだけ沈む。
「忌々しい」
その反応を見て、ミルスが低く言う。
「ティナ、光は効く! ただし正面からじゃ削り切れない!」
「だったらどうするの!」
「核を露出させる!」
クジャが枝から枝へ跳び移りながら言う。
「だったら目を引く役は任せて!」
カードが雨のように降る。
ただの刃ではない。ヴォルグの視界と聴覚を乱すように、違う軌道で、違うタイミングで飛ぶ。
魔王がわずかに腕を振る。
その隙に、ティナとシルヴァが左右から同時に踏み込んだ。
「光刃!」
「風葬!」
白と蒼の閃きが交差する。
胸の岩が大きく裂け、その奥に赤黒い光――核が覗いた。
「ミルス!」
シルヴァが叫ぶ。
「分かってる!」
彼女の背後に巨大な魔法陣が展開される。
空気が震える。大地が鳴る。ティナでさえ本能的に身を引きそうになるほどの魔力だ。
「落ちなさい、第二魔王」
空が歪む。
黒い森の上空に、圧縮された質量の塊――まるで小さな星のような光球が生まれた。
ヴォルグが初めて明確に警戒する。
「第四……っ!」
「星導圧砕」
光球が落ちる。
核へ直撃。
眩しい閃光と共に、第二魔王の胸が砕けた。
ヴォルグ・ガルディアの巨体が、ゆっくりと後ろへ傾ぐ。
森を何本も巻き込みながら、黒い大地へ沈んでいった。
静寂。
ティナが息を荒くする。
「……倒した?」
ミルスは答えなかった。
ただ、倒れた魔王の胸元に浮かび上がる赤黒い結晶を見ている。
「コア」
クジャが枝から飛び降りる。
「これが魔王の核?」
「ええ」
ミルスは慎重に近づいた。
「二つ目の鍵」
ティナが首を傾げる。
「二つ目?」
「六魔王のうち、第二の核」
ミルスがそれに手を伸ばした、次の瞬間だった。
「――触るな」
冷たい声が落ちる。
四人が同時に振り返る。
森の奥。
倒れた黒い木の上に、一人の男が立っていた。
銀色の髪。
黒いコート。
氷のような瞳。
シルヴァの表情が、僅かに変わる。
「……ラース」
ティナが息を呑む。
「え」
クジャは小さく笑う。
「うわ、ほんとに来た」
男はゆっくりと木から降りる。
その足元だけ、黒い土が白く凍っていった。
「久しぶりだな、シルヴァ」
その声に、ミルスが僅かに眉をひそめる。
「最悪のタイミングね」
男――ラース・ライズは、魔王のコアだけを見ていた。
「それは俺が貰う」




