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風葬のシルヴァ  作者:
第二章 ノクティス大陸
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第11話 海を越える夜

 王都レグナを出たのは、日が沈んでからだった。


 正門ではなく、西側の水路沿いにある荷運び用の裏門。

 王都の表通りは兵の巡回が増えていたし、闘技場騒ぎの直後に堂々と出ていけば、いくらでも足がつく。ミルスはそこまで考えたうえで、最初から裏の道を選んでいた。


「ほんとに慣れてるのね」


 ティナが小声で言う。


「昔、何度も逃げたもの」


 ミルスは淡々と答えた。

 その言い方の軽さと、内容の重さが噛み合っていない。


 クジャがその横を歩きながら、くすりと笑う。


「元勇者パーティって、もっとキラキラしてると思ってた」


「してた時期もあるわ」


「時期限定なんだ」


「現実なんてそんなものよ」


 王都の外れへ出る頃には、街の灯りも遠くなっていた。

 その先に広がるのは、夜の港だ。


 港湾都市イオス。

 王都の外港にあたるその街は、普段なら夜でも賑わっているはずだった。だが今日に限っては妙に静かだ。商船の帆は下ろされ、桟橋に繋がれた船も少ない。まるで、王都の異変がここまで伝わっているみたいだった。


「人が少ない」


 シルヴァが言う。


「魔王軍の噂が回ったのね」


 ティナが周囲を見ながら答える。


「一般人は本能で察するものよ。関わると危ないって」


「その割に王都の闘技場は満員だったけどね」


 クジャの一言に、ティナは少しだけ苦い顔になる。


 ミルスは港の一角、古びた小型帆船の前で足を止めた。


「これに乗るわ」


 シルヴァは眉をひそめる。


「小さくないか」


「大きい船は目立つ」


「それは分かるが」


「安心して。沈まない程度には強化してある」


「“程度”って何よ」


 ティナの突っ込みに、ミルスは答えず船へ乗り込んだ。


 結局、四人はそれ以上文句を言っても仕方ないと諦め、荷を積み込んだ。

 夜の海は黒い。風も冷たい。船が岸を離れると、王都の灯りがゆっくり遠ざかっていく。


 ティナは甲板の縁に立ち、闇に沈むレグナを見つめていた。


「……戻って来られるかしら」


 その言葉は、誰に向けたものでもなかった。


 シルヴァは帆柱にもたれたまま、短く返す。


「戻る気があるなら戻るだろ」


「それ、励ましてるつもり?」


「事実だ」


 ティナは呆れたように息を吐く。


「あなたって、本当に情緒がないわね」


「必要か?」


「少しは」


 そのやり取りを聞きながら、クジャは船首に座ってカードを並べていた。

 夜風で飛びそうなほど軽いそれを、器用な指先で操んでいる。


「クジャ」


 ティナが声をかける。


「何してるの?」


「占い」


「そんな趣味あったの」


「今できた」


 クジャは一枚をひっくり返し、ふむ、と頷いた。


「最悪だ」


「何が出たのよ」


「すごく嫌なやつ」


「雑すぎない?」


「でもたぶん当たるよ」


 その笑みの奥に、ほんの少しだけ本気が混じっていた。

 ミルスは船尾に座り、何かの魔導具を調整している。波と風の流れを読んでいるのだろう。船が揺れるたび、淡い光が彼女の指先を走った。


 しばらく沈黙が続いたあと、ティナがぽつりと呟く。


「……ねえ、ミルス」


「なに?」


「王都で言ってたこと、本当なの?」


「何について?」


「全部よ」


 ミルスは少しだけ手を止めた。


「あなたが勇者パーティにいたこと。シルヴァが神に作られた存在だってこと。六魔王のこと」


「本当よ」


「そんな顔して言われても」


「じゃあどんな顔なら信じるの?」


「もっとこう……重い顔とか」


 クジャが吹き出した。


「それはそれで怖いよ」


 ミルスは困ったように微笑んでから、海の向こうへ視線を向けた。


「昔、勇者パーティは五人いた」


「勇者アラン。雷剣のディーン。聖騎士の系譜に連なる戦士。私。そして――」


 そこで彼女は、一瞬だけ言葉を切る。


「風を継ぐ少年」


 シルヴァは何も言わない。

 だが、その横顔は僅かに強張っていた。


「あなたはその時より幼かったけれど、確かにいた。神殿の記録にも残らない、“神の隠し札”としてね」


 ティナがゆっくり瞬きをする。


「そんな話……神殿でも聞いたことない」


「表に出せる話じゃないから」


 ミルスの声は静かだった。


「神は魔王を恐れた。だから対抗存在を用意した。でも、それが“人”である必要があった」


「……どういう意味だ」


 初めて、シルヴァが低く問う。


 ミルスは彼を見る。


「神の力そのものでは、ゼノアは止められない。あれは神と同格だから」


「だから、“人の意志で神の力を扱える器”が必要だった」


 風が吹く。

 船の帆が大きく鳴る。


「それが、あなた」


 ティナがシルヴァを見る。

 クジャも、今だけは冗談を挟まなかった。


 シルヴァは数秒黙ってから、甲板へ視線を落とした。


「……くだらねぇ」


「そうかもね」


「生まれた理由なんて、後づけでしかない」


 その言葉に、ミルスは少しだけ目を細めた。


「本当に、昔のまま」


 夜更け。

 交代で眠ることになったが、結局誰も深くは眠れなかった。


 ティナは狭い船室で何度も寝返りを打ち、クジャは寝たと思ったら突然目を覚まして甲板へ出ていく。シルヴァは最初から眠る気がなく、ずっと風を読んでいた。


 ミルスだけが静かに目を閉じていたが、それが本当に眠りなのか、シルヴァには分からなかった。


 明け方。

 海の向こうに、黒い大地が見えた。


「……あれが」


 ティナが呟く。


「ノクティス大陸」


 朝日が昇るはずの時刻なのに、その空は暗い。

 雲が低く、海も重い。潮の匂いの中に、土でも鉄でもない、もっと古くて嫌な臭いが混じっている。


 クジャが眼帯の上から目元を押さえた。


「うわ」


「何だ」


「闇が濃い」


 シルヴァは剣の柄に手を置く。


「上陸した瞬間、何かあるな」


「ええ」


 ミルスが静かに頷いた。


「だから言ったでしょう。ここからが本番だって」


 船は黒い大地へと近づいていく。

 風葬のシルヴァたちは、ついに闇の大陸へ足を踏み入れる。

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