第10話 銀髪の魔導師
王都武闘祭が中止になった翌日、街は妙な静けさに包まれていた。
普段なら賑わう大通りも、今日は人通りが少ない。
兵士が増え、貴族の馬車は減り、商人たちは早々に店を閉めている。
「王都全体が警戒態勢ね」
ティナが言う。
「これで“何もありません”って言い張るの、無理があるわ」
「でも、表向きは魔導事故のまま」
クジャが串焼きを齧りながら言う。
「王都って見栄っ張りなんだね」
「食うのやめろ」
「なんで?」
「緊張感が削がれる」
「美味しいのに」
宿を出てから、三人は神殿の連絡所へ向かっていた。
王都で唯一、ティナが事情を共有できそうな場所だ。魔王軍の件を王都側に伝えるにしても、まずは神殿を通した方が早い。
だが、連絡所の前に着いた瞬間、シルヴァは足を止めた。
「……血の匂い」
ティナの顔色が変わる。
「え」
扉は半開きだった。
中へ入る。静かすぎる。
受付の机が倒れ、床に血が飛び散っている。
誰かが争った痕だ。
ティナが剣を抜く。
「誰かいる!?」
返事はない。
代わりに、二階から足音がした。
コツ。
コツ。
ゆっくりと、わざと聞かせるような歩き方で降りてくる。
現れたのは、一人の女だった。
長い銀髪。
紫がかった瞳。
漆黒のローブに、古い魔導紋が刺繍されている。
若く見える。二十代前半くらい。
だが、その纏うオーラはシルヴァやティナより遥かに深く、古かった。
ティナが目を見開く。
「……あなた」
女は穏やかに微笑む。
「久しぶりね、ティナ」
「知ってるの?」
クジャが問う。
女は視線を移し、最後にシルヴァへ止めた。
「知っているわ」
「あなた達のことは、昔から」
その言い方に、シルヴァの眉がわずかに動く。
「誰だ」
女は一歩降りてきた。
「ミルス」
「ミルス・クイン」
空気が変わる。
ティナの唇が震えた。
「……第四魔王」
クジャが串を持ったまま固まる。
「うわ」
シルヴァは剣の柄に手を置いた。
ミルスはそれを見ても微笑みを崩さない。
「警戒するのは正しい。でも今日は戦いに来たんじゃない」
「じゃあ何しに来た」
「迎えに来たの」
ミルスは静かに言う。
「ノクティス大陸へ」
ティナが一歩前に出た。
「どういうこと」
「王都はもう駄目。魔王軍が深く入り込みすぎてる」
「神殿の連絡所まで潰されてるのよ?」
「だからこそ、ここにいても遅い」
ミルスの目が鋭くなる。
「シルヴァ。ティナ。クジャ。あなた達はもう“選ばれた”」
「魔王軍にも、闇にも」
「なら先に行くしかない。ノクティスへ。六魔王の核が集まる前に」
シルヴァは数秒黙ったあと、低く問う。
「お前は何者だ」
「さっき言ったでしょう。ミルス・クイン」
「それだけじゃねぇ」
シルヴァの蒼い瞳が、まっすぐ女を射抜く。
「お前、“昔から知ってる”って言ったな」
ミルスはほんの少しだけ、寂しそうに笑った。
「そうね」
それから、はっきりと言う。
「私は、昔――勇者パーティにいた」
「そして今は、第四魔王」
ティナが息を呑み、クジャが「うわぁ」と本気で引いた声を漏らし、シルヴァだけが黙っていた。
ミルスはその反応を全部受け止めた上で、静かに続ける。
「話は長くなる」
「でも、あなた達には全部知る資格がある」
窓の外で、風が鳴った。
王都の空に薄く黒い雲が差す。
「ノクティス大陸へ行きましょう」
「そこで、神と魔王と、シルヴァ……あなたのことを話すわ」
シルヴァはしばらく彼女を見つめていたが、やがて剣の柄から手を離した。
「……胡散臭ぇ」
「よく言われる」
「でも行くの?」
ティナが問う。
「王都にいても、隊長連中が来るだけだ」
「なら向こうで叩く」
クジャが口元を緩める。
「いいね。やっと旅っぽくなってきた」
ミルスはそんな三人を見て、わずかに目を細めた。
「本当に、よく似てる」
「誰にだ」
「昔の話」
彼女はそう言って踵を返す。
「準備して。夜には出るわ」
風葬のシルヴァ、光のティナ、眼帯のクジャ。
三人が向かう先は、闇の大陸ノクティス。
そしてその先には、六魔王と、魔王軍と、まだ見ぬ兄の影が待っている。




