第二話 友情はサクラのように儚い?
放課後、生徒たちはサクラ並木の下に集った。
これから始まるのは「花見」。今年度初の行事であり、生徒同士の親睦を深めたり、植物育成学の班員を探したりするには絶好の機会だ。
先達が再現したサクラ並木は、魔術と科学技術の調和の象徴。芝生に敷いた布に腰を下ろして、サクラを仰ぎ見ながら、多種多様な軽食を楽しむ。
「ああ、もう……!」
コリンは頭を抱える。
「事前案内の時、あれだけ考えたのに、やっぱり、本物の前では揺らいじゃうなー。おにぎりだけで何種類あるの? お菓子もたくさん。全部弟妹に送れたらいいのになー」
会場には、屋台がいくつも連なっていた。折角の食べ放題なのに全ては食べ切れないと、彼は嘆いている。
「ふふっ」
アリスの顔がほころぶ。
コリンは恥ずかしそうに笑った。
「サクラの前でこういうの良くないんだっけ」
花見は、あくまでサクラを鑑賞する会である。食い気を見せるのは品がないと言われていた。
「いいんじゃない? 昔の人も同じことを考えていたのかも」
四季があった時代の人々に近づけた気がして、アリスは嬉しくなった。
コリンはふっと真顔に戻る。眼鏡のレンズが怪しく光った。
「それじゃ、予定通りに」
「了解」
会場の明かりとざわめきがギリギリ届く場所に、アリスは毛氈を広げる。手にはおにぎりとサクラあんぱん。手提げかばんの中、熱くなった水筒には、屋台で淹れてもらった紅茶が入っている。使い捨ての容器もあったが、アリスは布も水筒も持参していた。ふたに注ぎ、冷ましながら、コリンを待つ。
しばらくして、お盆いっぱいに料理を載せたコリンがやって来た。手提げかばんにも、包み紙に入ったパンやお菓子が詰まっている。そのかばんも、アリスが気を利かせて持ってきた。
本当に三人目を探す気があるか疑わしいほど、アリスとコリンは花見グルメを楽しんでいた。
「そんなに持てるの? すごーい」
「よいしょっと」
コリンは隣にゆったり腰を下ろした。
「日持ちするものは魔特便で送ることにするよ」
魔術のおかげで、たいていのものは鮮度を保ったまま送れる。郵送代はどうしても高くつくが、コリンの横顔はほくほくしていた。かと思えば、落ち着きなく、メイン会場の方を振り返る。
「あれ、頼んでた飲み物って?」
アリスは水筒をもう一本、差し出す。
「コリンの分もあるよ。コリンみたいな緑のお茶あったから。口に合うといいんだけど」
「えー、ありがとう。いい匂いがするね。去年もあったのかなぁ? 助かるー。けど、この水筒、どうしたの?」
「友達が出来たら、こうやって二人で飲みたいなと思って持って来たの。良かった、今年は使えた」
「ブラッドたちと一緒じゃなかったんだね?」
「うん」
アリスが席を移動して以来、ブラッドとは話せていない。
コリンは教室にも、他の学級にも、男友達がいて楽しそうだ。
多忙でもあるコリンを邪魔するわけにもいかず、アリスは移動教室も、昼ご飯も、基本的にひとりだった。
ひとりぼっちは最早、慣れっこだったが、二人一組になる授業があったら、その時はどうしたらいいのだろう。
またブラッドと組まされるのだろうか。
そうなったら断るべきなのか。
ありがたく受けるべきなのか。
「もしも悩んでることがあるなら、話を聞けたらと思ったんだけど。話せそう?」
コリンの落ち着いた声が、アリスを引き戻す。
重たい気分を振り払うように、ぶんぶんとツインテールを振った。
「いいの。三人目を探さないと!」
「つらそうに見えるよ」
「でも……」
唇が重い。うまく息ができない。
「話したら、コリンは私のこと、嫌いになるんじゃないかな?」
わかってほしい。否定しないでほしい。
そう思うと言葉より先に、涙が出そうだった。
「えー!? そんなことないよー! それに、アリスがぼくに言ってくれたんじゃないか。もっと頼っていいんだよって。まぁ、無理に話せとは言わないけどね」
「ありがと」
アリスは紅茶を飲んでから、紙に包まれたサクラあんぱんを手に取る。
「けど、長くなりそうだから、先に食べましょう? コリンが楽しみにしていた料理も冷めちゃう」
コリンは目を細めて頷いた。
「今日はアリスもたくさん食べよう」
サクラあんぱんには、サクラの塩漬けが使用されている。一口かじると生地とあんの甘さを、ほのかな塩気が引き締めている。
「ブラッドが声をかけてくれたのも、お花見だったの。ちょうど、この場所」
***
昨年の花見で、アリスはひとり静かにサクラを鑑賞していた。
過保護な両親を説得して、ようやく入学できた全寮制の学校。アリスの馴染めそうな女子校ではなく、あえて男女共学で自由な校風のここを選んだ。たくさんの人や文化に触れ、自立した人間になりたいと願った。
けれど、現実は甘くなく、何事にも敏感なアリスは、気配を消すようにいつもひとりで過ごしていた。
「おい」
低い声にアリスは硬直する。ブラッドが目の前に立っていた。足音も、気配もしなかったのに。
「植物育成学、俺と組め」
夕闇の中、布に座った状態で見下ろされると、とてつもない迫力だった。当時も同級生だったが、話をしたのはこの時が初めてだった。
「私? 誰かと間違えてませんか?」
「は? 敬語? ダル……」
「私は締め切りギリギリに誰か誘って組んでもらいますから」
アリスは言ったきり、うつむいた。
ブラッドが大賞を狙っているのは有名な話だった。
「名前、わかんねぇからそっちで書いて」
「えぇ……? 私と組んでも、あなたに利点はないんじゃない?」
「ある」
アリスは息を止めた。
「利点。女と組んだ方が審査に有利。いろんな奴に誘われてウザい。そん中から選ぶと女同士でギスギスされてダルい。まだ必要か?」
「わかりました。私はアリスです。掲示板に名前を書いておきます。後で確認してください」
顔を上げると、ブラッドはもういなかった。
植物育成学は相手が決まったら、掲示板の紙に記名することになっている。生徒はそれを見て、誰が誘われたのか・余っているのかを把握できる。大賞を狙っている生徒の中には、それを参考にしている者もいた。
翌朝、アリスの丸文字で書かれた「ブラッド.Z&アリス.U」の一行に、学年中がどよめいた。
――アリスって誰? ウケんね。
――ブラッドってば、誰にも文句言われたくないからって、あんな地味な子を選ばなくってもいいのに。
――許せない。ブラッド担、降りまーす。
――なぁ、アリスって、ちょっと可愛くない?
――なんで今まで気づかなかったんだろう。誘えば良かった。
――いや、ブラッドが選んだってことは、すごい子なんだろう? 俺たちきっと、相手にされないぜ。
アリスの存在は学年中に知れ渡った。
周りの視線は気になるけれど、ブラッドといるのは、植物育成学の授業だけのはず。
その予想は外れた。ブラッドは授業で二人一組になる時、必ずアリスを指名した。アリスから誰かを誘う手間が省けて安心できる代わりに、常に注目を浴びる。卓越した魔術センスを持つブラッドについていけるのかどうかもプレッシャーだった。
アリスがミスをしても、彼はフォローしてくれた。むしろ見せ場になり、もっと評価を上げる。
嫉妬していた女子たちも「アリスならいいよ」と容認し始めた。
視線を過剰に意識してしまったアリスも、やがて慣れた。みんな、ブラッドしか見ていない。
(ブラッドはそこまで計算して私を誘ったんだ。なんて頭がいいのかしら!)
優秀で、いつも堂々としている彼を、アリスは一番近くで見ていた。彼から学べることはたくさんあった。個性豊かな面々も集まってくる。
この学校を選んで良かった。
ブラッドが見つけてくれた。
アリスは本心からそう思っていた。




