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第一話 パートナー解消から始まる新学期

 目の上で切り揃えた前髪をちょんちょんと直して、顔の横から、触覚、おくれ毛。耳上とほぼ同じ高さでツインテールにしたら、毛先にまた整髪料を揉みこむ。

 ハルらしいサクラ色の半袖ブラウス。装飾のためだけに付けられた、ピンタック、襟の透かし編み。着る前に、袖口の紐を優しく引っ張って、ちょうちょ結びにする。

 袖を通してから、襟の下に同じくサクラ色の華奢な紐を通して、またちょうちょ結びにした。

 灰色のプリーツスカートは、この学校の代名詞。

 指定の黒い羽織りの留め具をはめると、(すね)まですっぽり隠れた。同系色で合わせた膝下丈の靴下と繋がって見える。

 かつての学校文化・「制服」。魔術学校では、色濃く息づいていた。アリスの黒髪と相まって「様式的」「自制的」な美学が感じられる。


 アリスは魔術学校の二年生。今日はハル第一月。新学期が始まろうとしている。


(久々の学校は嬉しいけど、気が重いなぁ)


 事前に郵送された書類で、所属級はもう分かっている。問題はその顔ぶれだった。

 級は、前年度の成績順で上から割り振られる。同等の成績の生徒がいた場合は、出自の格で決まった。

 学年で一番優秀な学級に入ることが出来たのに、アリスはあまり嬉しくなかった。


(ってことは、ブラッドもいるよね?)


 特に親しい友人のいないアリスは、なるべくゆっくり二年生の校舎に向かった。

 廊下からこっそり教室を覗く。


「あ、アリスちゃーん! こっちこっち!」


 見つかった。アリスはつい苦笑する。


「おはよう……」


 どうやら自由席らしい。制服を着崩した陽気な彼らは、我が物顔で後ろの方を陣取っていた。なるべく見ないようにして、アリスは知り合いのいる最前列へ。


「彼氏、待ってるよー」


 その声に身がすくんだ。ゆっくり振り返ると、灰色の瞳とばっちり目が合う。


「ブラッドも一緒だったんだ」


 いつも通りを意識したつもりが、余計なことを言ってしまった。

 アリスは用意された、ブラッドの隣に座る。後ろには男女合わせて五名の取り巻きが控えていた。


「アリスちゃん、おもしろー。ブラッドなら楽勝でしょ? ねぇ?」


 ブラッドはもうアリスを見ていなかった。取り巻きにも目を合わさず、黙って頬杖をついている。


「ブラッドさんよぉ、相変わらず落ち着いててイカすなぁ。今年もついていくぜ」


 ブラッド・ゾナフォーク。魔術界では有名な良家の三男。鮮やかな赤髪と灰色の釣り目は、ゾナフォーク家の代名詞。185センチの彼と、取り巻きの視線に、アリスの胃はキュッとなる。


(また、このノリ……今年もこんな感じなのかな? ブラッドも何か言ってくれたらいいのに)


 ブラッドとアリスは付き合っている。

 いつの間にか、そう思われていた。はじめは否定していたアリスだったが、きりがないし、ブラッドが全く相手にしていないのを見て、放置することにした。

 ブラッドと自分では釣り合わない。どうせ誰も真に受けていない。皆、その場が盛り上がれば良くて、意味なんてないのだ。


(私はいつまでこのノリに付き合わないといけないのかな? ブラッドは嫌いじゃないんだけど、みんなの前だと冷たいんだよね。今、話しかけても、また無視されるんだろうな)


 今日はどの授業も概要を説明するだけで、アリスの苦手な実技や、班を作る必要はなかった。

 けれど、ナツになったら、植物育成学が始まる。今年は三名または四名で班を作る。


(一年生の時とは違って、仲良し同士の班が出来上がっちゃってるよね? 今から他の所、入れてもらえるのかな……ああ、もう、悩んでる時間がもったいない! 私は変わるって決めたんだから)


 休み時間になり、アリスはさりげなく最前列の席に移動した。

 昨年と同じだとすれば、この席順は年度末まで固定される。だから、踏み出すなら今日しかない。


「アリスちゃん、真面目だねー」


 ブラッドの取り巻きがそう言うだけで、彼らは後ろを定位置にしていた。

 アリスは思い切って声をかける。


「ここ座っても大丈夫?」

「やぁ、アリス。うん、大丈夫だよ」


 彼はほほ笑んだ。眼鏡の奥の目が優しい。

 少年の名は、コリン。この学校では珍しい、一般入試枠を勝ち取った生徒だった。昨年、ぶどう祭りで一緒に受付を担当した。


「気が早いかもしれないんだけど、今年の植物育成学、コリンの班に入れてくれないかな?」

「え、アリスが? ぼくと?」

「うん。もう決めちゃった?」

「いや、いいけど……」

 コリンは後ろを振り返ってから、顔を近づけて(ささや)く。

「ブラッドは?」

「待って、コリンまで信じてるの……私とブラッドは去年、ペアになっただけ。しかも、向こうがモテちゃってて、平等にするために仕方なく、私に声を掛けたの。みんな、からかってるだけだから、真に受けないでね」

「そうなんだ? そういうことなら(つつし)んでお受けいたします」

「良かった。何とお礼を言ったらいいのかしら……」

「ははっ、そんなに喜んでもらえるとは思わなかったな」


 コリンは照れ笑いしながら、手持ち無沙汰に髪を撫でつけた。ほぼ黒色の髪はアリスと似ているが、光に当たると緑色に反射する。

 コリンはまだ誰にも声をかけていなかった。彼は昨年のパートナーに愛想を尽かされており、自分から誘うことに慎重になっていた。

 アリスはその辺の事情も知っている。


「今年は大賞を狙わずに、自分が納得いくまで向き合えればそれでいいの。だから、バイトがある日は無理しないでね。三人目を誘うなら、同じ考えの子がいいよね」


 彼は孤児院の弟・妹たちにお土産を送るため、空き時間を労働に費やしている。時には課題を済ませる暇もないほど。コリンが孤児院出身であることは、学校関係者とアリスしか知らない。


「お花見でいい人が見つかるといいな」


 コリンが穏やかに笑うので、アリスもようやくハルの予感に胸が高鳴り始める。


 アリスが生まれる何万年も前のこと。この星には四季があった。

 世界大戦が起き、社会・言語・文化が淘汰・進化・再編成されるまでの間に、星の構造・体系・仕組みがすべて狂った。

 便宜上、ハル・ナツ・アキ・フユと暦が割り振られているが、気候変動の影響で、現在は温かい、暑い、やや温かい、やや涼しいくらいの違いしかない。

 かの有名な哲学者はこう言われた。

 ――四季は神秘の輪郭。植物は神の偶像。植物を育むことは世界と自己の理解に繋がる。

 科学技術が進歩した今も、この思想は根強く残る。その傾向は政界・財界にも顕著であった。

 ゆえに魔術学校に通うのは、良家の子女、立身出世を願う者。残りは芸術家肌の変わり者であった。

 強い力には、それだけ社会的責任が伴う。魔術や魔道具の使用は厳格に管理・監視されている。全ての魔術学校が全寮制なのも同じ理由だ。

 面接や筆記試験は間違いなく最難関。一般入試組の合格者は、片手で足りるほどの人数である。そうした事実によって、学校ひいては「魔術」そのものの格も保たれている。

 アリス達がこれから取り組むのも、植物を育てる課題である。

 アリスは新しい世界を、自分を見つけたい。

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