女子高生は狩人
自然と、あくびが出た。
眠い。正直言えばそうなる。
「上月、あくびをするとはお前また夜ふかしか?」
「はぁ、まぁ、そんなもんです」
上月乃愛は担任教師の口から出た呆れたような口ぶりに、ただ淡々と返していた。
どこにでもある学校の、どこにでもある日常に、ただボヤッとした女子高生として自分は存在している。
もっとも、内申点は最悪に近いくせに学業成績は優秀なので多少は目立つのだが。
「授業がお前そんなに眠いか? テストの成績は良くても、その態度は先生は関心せんぞ」
「はい、なんとか、眠気は気合でどうにかします、うす」
そう言うとクラスから少し笑われた。
「相変わらず呆れた子だな、お前は」
そう教師から苦笑された後、この授業を右から左へ聞き流しつつ、聞かれたことは片っ端から答えて、そのまま授業は終わった。
授業が終われば、待望の昼休みだ。
コンビニで買ってきたサンドイッチとゼリー飲料とエナドリで、少し眠気を覚ます。
ゼリー飲料はブドウ糖入りのラムネ味。
これを飲むと、本当にシャッキリする。
それを飲んでひと心地ついた後、後ろから肩を軽く叩かれた。
後ろを向くと、乃愛とは対象的に、眼を輝かせている少女がいる。
幼馴染の未来だ。
「乃愛ちゃん、ホントに眠そうね」
「眠い……。もう三轍だよ?」
「でもお姉さんは授業中に寝るのは感心しないなぁ」
「お姉さんってさぁ、私と同い年じゃん」
「だって乃愛ちゃんダメな妹みたいでなんかかわいいんだもん」
未来が乃愛の髪の毛を撫でた。
「うわぁ、髪の毛も荒い。また昨日も帰ってシャワーだけで済ませたでしょ? まともに洗ってない髪の毛よ、これ。お姉さんあんだけきちんとしろって言ったでしょ? 年頃の女の子の髪の毛じゃないですー、これ」
「疲れたら食う、寝る。それが普通だと思うんだけどねぇ」
乃愛からすればこれである。
行動は欲求に任せてなんぼなのだと、乃愛はずっと感じている。
「まったく。まぁ、そんな乃愛ちゃんには、ひょっとしたら残念なお知らせかもしれないけど」
そう言って未来はスマホの画面を見せた。
「はい、これ。放課後お仕事です」
その画面には、二つのことが書いてある。
決行場所の地図。
そして一言。
本能のまま、狩れ、と。
それを見た瞬間、乃愛の心臓が、あのやる気のなかった心臓が、唸りを上げているのを感じた。
心臓という名のエンジンが、体中に流れる血液を沸騰させる。
「その唸りも、終わるまでは抑えようか。ね、『狩人』さん」
未来の眼が、一瞬だけ変わったのを感じた。
先程までの輝きは微塵もなく、まるで泥の中にいるような、そんな気配を感じさせる眼だ。
だから、少しだけ、乃愛は本能を抑え込んだ。
午後の授業もあったが、だらけきっている自分を演じるのは大変だった。
心臓が疼いて仕方なかったからだ。
そして放課後、さっさと仕事に向かう。
横には未来も一緒だ。
ただ単に学生カバンを持って商店街を歩く学生服を着た女子高生二人など、街中からすればただの一般人に過ぎない。
だが、それはあくまで表の顔だ。
馴染みの、そして下宿先のフルーツパーラーに乃愛と未来は入った。
その時初めて、本当の顔が二人とも出る。
二人が入ると同時に、体格のいい中年のマスターは『閉店』の看板に付け替えた。
乃愛と未来がカウンターに座ると、マスターが自分たちを見た。
「乃愛は眠そうに見えて、もう滾ってるな。未来の方も、平静を装ってるが、獣の匂いが出ている。街中では隠せと言ったはずだ」
よく見ている。そう感じると、少しだけ乃愛は滾りを抑えることができた。
だからこそ見えるのだ。
未来のほうが、滾りを隠しきれていない。
もっとも、自分たちの本来の顔は、そんなもの隠す必要もないのだが。
「上層部からの指示はいつも通りだ。狩れ、本能のままに」
「生きてるのがいたら?」
未来が殺気のこもった感じの声で言った。
その眼には学校で見せた輝きはなく、むしろ狂気と殺意が全面に押し出ている。
そして多分、自分はもっと殺意を出しているのだろうと、なんとなく乃愛は感じることができた。
「絶対にそれはやるな。どんな手段でも殺せ」
殺気すら出さずに、淡々とマスターは言った。
やはりプロは違うなと、乃愛は思った。
このマスターに、生きるすべを教わった。
そして、本来の自分の顔も、このマスターにもらったのだ。
少し悔恨の色が垣間見える眼をした中年のマスターのことを、乃愛は尊敬している。
一本の電話が来たのは、それから少し経って、夜になってからのことだった。
ターゲットが店にいる。
工作員からそうした連絡が入ったのだ。
「乃愛、未来、仕事の時間だ」
そう言うと、乃愛の心臓がより唸りを上げた。
野生の血が、騒ぐのを感じる。
マスターが指を一回鳴らした。
すると、自分たちの身長と同じような高さの扉が急に出現した。
その扉を見ると、また一段、心臓が唸る。
未来は対戦車ライフルを持っているが、乃愛は何も持っていない。
というより、必要がない。
何故なら、乃愛にとっては乃愛自身が武器なのだから。
そして扉を開ける。
そこには、表向きは酒場となっているが、実態は研究所となっている、巨大な薄暗いラボがあった。
そして、漂っている匂いは酒のものではない。
強化ドラッグ『ネクストステージ』。
高濃度でそれを吸った人間は、人間を超越した力を得る代わりに、獣としての習性と本能が備わり、凶暴性の強化などが行われる。
強化対象は孤児、戸籍がない人間、裏社会など様々だ。
そして最終的には洗脳され、人間兵器としてそこら中に売り飛ばされる。
それをやっている組織がある。
それを潰すために、自分たちはいるのだ。
案の定、そこには四肢を繋がれ、ドラッグ漬けになった人間と、耐えきれなくなって死んだ死体の山が転がっていた。
死体の腐敗臭とネクストステージのすえた匂いが混在して、反吐が出そうな気分に乃愛はなっていた。
自分たちの存在に、相手が気付く。
「おい、まだ検体対象がいるぞ」
「そっか。検体か。乃愛ちゃん、どう見る?」
「狩る、それだけ。私たちは、『狩人』だから」
どくんと、乃愛の心臓が一回大きく唸った瞬間、眠っていた野生の本能が目覚めるのを感じる。
「な、なんだ?!」
乃愛と未来の身体が変貌していく。
未来の背中には巨大な羽が生えた。
一方の乃愛は、身体全体が変貌していく。
唸り声をあげながら、脚、腕、胴体、頭が、獣のそれへと変貌していく。
爪が伸び、身体中が逆立った毛に覆われ、狼の顔を持ったその姿は、人狼そのもの。
甲高い咆哮を、乃愛は上げた。
「我ら『狩人』。本能のままに悪を狩るものなり」
乃愛が低い唸り声を上げながら言った。
「その牙を、翼を持って、悪を穿つ。それこそが、我らの使命なり」
未来が対戦車ライフルを装填する。
そして、一発撃って一人の研究員を消し飛ばした直後、乃愛が地面を蹴り上げ跳躍し、近場にいた研究員の喉を食いちぎる。
血しぶきを上げながら研究員が倒れるより前に、今度はまた眼の前にいた研究員の心臓を腕で一突きした。
腕が研究員の胴体を貫通し、研究員の心臓を掴んだのを、乃愛は感じた。
それを潰した後、また一人、一人と狩っていく。
研究員が数名、銃撃してくる。
それを手で弾くと同時に、未来が飛んだ。
空を飛び、そのまま数名に対戦車ライフルを浴びせる。
粉々に人体が崩れ去った。
研究員の死体まみれになってあと数名、そう思った直後だった。
乃愛の嗅覚が、何かに反応した。
獣の匂い。
瞬間、一気に突進してくる物体がある。
白目をむいた、イノシシだ。
だが、それがただの動物でないことも瞬時に見抜いた。
これは、うちらと同類だと。
ネクストステージで改造された、元人間だと。
乃愛はイノシシの突進を避けるが、すぐさま、イノシシは脚を踏ん張ってブレーキをかけると同時に、バク宙をして反転し、再度こちらへ向けて突進してくる。
なるほど、なかなか完成されている。
そう思ったが、乃愛からすれば、遅すぎる。
再度イノシシを避けた後、避けると同時にイノシシの後ろ足に、乃愛の足の爪を突き立てた。
イノシシが苦痛の声を出した。
そして動きの止まったイノシシに、空中から未来が対戦車ライフルを心臓に撃ち込む。
だが、まだ動こうとする。
きっと苦しいのだろう。
だから、せめてと、乃愛は穴の空いたイノシシの身体に両腕を突っ込み、そのまま真っ二つに引き裂いた。
血しぶきが、乃愛の身体を染める。
少し痙攣して、二つに分かれたイノシシは動かなくなった。
残っているのは、研究員が一人だけ。
「な、なぜ我々の邪魔をする?! たかが人間をより高度にしているだけだぞ!」
「高度? 人身売買と人体実験の間違いでしょ?」
「お前たちだって同類じゃないか!」
そう、自分たちも同じだ。
乃愛も、未来も、元を辿ればネクストステージの被験者だった。
それを今のマスターに救われたのだ。
だからこそ、怒りが沸騰するのを感じた。
「同類にされて、まともな生活すら送れなくなった。人間を保つのもやっと。本能に抗い続ける日々を、あんたら想像したこともないだろ!」
怒りとともに、乃愛はその研究員の顔面を一突きした。
いとも簡単に、首がもげた。
それを未来が、対戦車ライフルで撃ち抜いた。
未来の顔もまた、怒りで満ちていた。
ため息を、一つ吐いた。
「乃愛ちゃん、生存者は?」
乃愛は、匂いを嗅ぐ。
生きている人間は、もういない。
四肢を繋がれていた存在も、もう息をしていなかった。
そして、もう一つ匂いで分かることがある。
ネクストステージで強化されきった人間は、独特の匂いを出す。
その匂いが、生きている人間から漏れていた。
そうなった人間は、もう元には戻れない。完全に脳にまで薬が充満しているのだ。
そうなれば、いつ、どこで人を襲うか、わかったものではない。
だから、やることはただ一つ。
「未来、やって」
「わかったわ、乃愛ちゃん。帰ろう、うちへ」
そう言った後、乃愛と未来の前に再び扉が現れた。
その扉を通る前に、未来はサーモバリックを投げた。
そして扉を開けたら、いつものフルーツパーラーに戻っていた。
マスターから、ブドウ糖入りのゼリー飲料を渡されて、飲んだ。
瞬間、人間体に乃愛も未来も戻っていた。
あれが、自分たちをようやく人間として生かしている物なのだ。
慣れ親しんだ味で、強引に人間であることを思い出させ、本能を抑え込む。そうすることが自分たちを人間たらしめるルーチンワークなのだ。
「疲れたか?」
マスターが聞く。
「うん、まぁね」
乃愛はため息を吐きながら、そう答えた。
「やっぱり救えないって、堪えるね」
未来もまた、暗い口調で言った。
マスターは、冷蔵庫から何かを出している。
「狩人はな、孤独なんだ。お前達みたいな存在を扱う一方で、お前たちみたいなのを二度と作らせないために、俺達はいる」
そう言ってから、マスターはミカンのシャーベットを、乃愛と未来の前に出した。
「お前たちも年頃の子供だ。俺にとっては、お前たちはまだ子供なんだ。その子供につらい思いをさせざるを得ないのは謝ってどうにかなるものじゃない」
マスターが、また冷蔵庫を開けた。
「だがな、乃愛、未来、これはお前たちが選んだ道だ。お前たちが、自分自身で言ったはずだ。自分たちと同じ存在を出したくないと。その思いは、嘘偽りか?」
そう言ってから、マスターはラムネを、二人に出した。
無性に、食べたくなった。
乃愛も未来も、二人揃って、一口食べた。
美味いと、素直に感じた。
「美味いか?」
「うん」
乃愛も未来も、頷いていた。
「それでいい。そうやって美味いと感じられるなら、お前たちは人間だよ。ただの普通の、どこにでも女子高生だ」
マスターが、少し笑った。
「マスター、ひょっとして、ミカンこれ変えた?」
「いや、変えてない。強いて言えば、少し砂糖を入れた」
未来がふむふむと、少し唸った。
「あー、甘くて染みるー。やっぱマスター料理の才能あるねぇ」
「乃愛、お前、俺の店がなんだか忘れたか?」
「あ、フルーツパーラーだった」
「だから美味いに決まってるだろ」
そう自信満々に言うマスターを見て、乃愛も、未来も、おかしくなった。
そして、三人とも笑っていた。
酒場として表向きは登録されていたあの研究所は、ガス漏れによる火事として隠蔽された。
そんな話をマスターから聞いた後、乃愛と未来は朝になった商店街を歩いた。
学校に向かう。
「そういえば、気づいたことあるんだけど」
「何、乃愛ちゃん」
「……やばいよ、もう四轍だよ」
「あー……また先生に怒られそうね。大丈夫大丈夫、お姉さんが寝そうになったら起こしてあげるから」
「だからそのお姉さんってのどうにかならんの」
「なーりーまーせーんー」
「まったくもう、こりないねぇ」
そんなどうでもいい会話が、いつまでも続けばいいな。
そんな他愛のない、でも尊い願いを、乃愛はふと、通勤通学で溢れる人混みの中で思っていた。
朝日が、少し眩しく感じた。
(了)




