あなたの告白④
幼少期最も側にいて世話をしていた乳母は、彼女が言葉を覚えた辺りでその悪しき思想の片鱗を見せ始めた。
公爵家の認識が遅れたのは彼女と二人っきりのときに限っていたせいだというから、本人に悪いことをしている自覚はあったのだろう。
いかに彼女が可哀想な境遇にあるかと教え、毎日のように同情して泣いてみせていたと聞く。
そして唯一自分だけが変わらず側にある味方なのだと語り続けた。
そんなものが、物心付く前から側にいたんだ。
すっかり洗脳されていてもおかしくはなかったよね。
そこが彼女の凄いところなんだよ。
教育を受け、視野を広げるうち、彼女は自ら乳母から離れてみせたそうだ。
遅まきながら気付いた周囲も、親から無視されてきた彼女から乳母まで取り上げてしまったら、心が壊れてしまうのではないかと心配し、それをさも正当な理由として放置してきたというのにね。
彼女がもう側に置かないと決めそれを伝えた日、乳母は立場を弁えずに泣き叫んだそうだよ。
どうしてと問われ泣かれた彼女は、それでも冷静だった。
乳母が必要ない年齢になったからだと淡々と理由を伝えている。
それでも泣いて縋る乳母に、決定は覆らないことも告げたそうだ。
すると乳母の態度は豹変した。彼女の前でもだよ。
私が今も口にしたくないと思う呪詛の言葉を吐き散らかしたんだ。
抵抗虚しく彼女から離されると、今度は周囲に愚痴を零すようになってね。
それらの言葉も、私は口にすることを避けておくが。
まだ聞ける話として、両親に捨てられるような子どもの世話なんかするものでないとは、よく言っていたそうだね。
自分が何故彼女の側から外されたのか、熟考し反省するような頭のない乳母を選んだという点では、あの両親や祖父母たちを恨めしく思っているかな。
そしてある日何を思ったか、彼女の部屋に侵入しようとしたところで、乳母は邸から追い出された。
そうだよ、大人しくしていれば。
伯爵家の邸で働き続けることは可能だったんだ。
乳母でなくなったって、いずれ当主となる彼女の乳母をしていたことはこの先も揺らぐことはなく、同僚たちには一目置かれる存在として、働きやすい環境にあれたであろうに。
彼女からの育てて貰ったことへの感謝の気持ちが、まったく分からない乳母だったね。
それで彼女に追い出せという命まで出させた。最悪の女だよ。
貴族の邸から追い出される人間への罰は伯爵家も変わらない。
彼女は速やかにその処置をさせ、乳母だった人を外に放った。
あぁ、うん、それ以上は想像だけにしておいてくれ。
私も具体的に話す気はない。
まぁ、今も私が許していないとだけは言っておく。
嫌になることと言えば、あの手のやつらが何度も何度も彼女の周りに現れていることだよ。
侍女や侍従、文官、領地の代官、遠縁の貴族と、あらゆる姿に変えて、そいつらは現れ続けた。
彼女がいくら煩わされてきたか。
それくらい自分で対処出来ねば、あの公爵家も早々に身内として見放していたであろうことを考慮してもだ。
あれほどの回数、彼女自身で相手をしなければならない理由はない。
正直そこはね、公爵家に対しても不満に思うところだ。
彼らなら知らないところでさっさと排除することも出来たはずだからね。
まさか君まで彼女が傷付いていないと思っているのか?
そんなわけないだろう。
彼女は言っていたではないか。
よく知らない人たちがどうなろうとどうでもいいと。
それは君も聞いていたな?
つまり知る人はそうではないということだよ。
その裏にどんな感情があったとして、幼い彼女の側にいたのはあの乳母であり、乳母から大事に育てられていた時間が消えるわけではない。
それを自ら手離して、そのうえ裁かなければならないなんて、そんな惨いことをさせる必要が本当にあったか?
たとえ一度は必要だったとして、何度も何度も経験させる理由はなんだ?
彼女ははじめから上手く対処が出来ていた。
私にはどれも必要な経験だったとは思えない。
かの人たちから知らぬ間に選ばれていたこと、そこに不満はないと言ったね。
だが彼らへの不満はずっと感じていたよ。それもおおいにね。
この立場に文句もないし、彼女の相手に選ばれた幸運にも感謝をしている。
だが彼女をあえて救い出さず、苦労を与え続けた彼らは、味方ではないし。
この先もそれはずっと変わらないだろう。
そういったことだから、私の中では女公爵への憧れもすっかりと消えていてね。
まだ権力を持ち、彼女と親しくしているうちは──。
これ以上は聞きたくないって?
もう遅い。諦めてくれ。
それにそう怯えることもない。
君にどちらか選べとは言わないからな。
あぁ、裏切るなら覚悟のうえで頼むよ。
冗談だ、青褪めないでくれ。




