女侯爵の吐露①
私たちの祖父母世代は、かの女公爵の影響を強く受け、思想の歪む者が多いように感じている。
それにより迷惑を被ってきたのが、その子ども、そして孫である私たちの世代だ。
これは王家にとっては、酷い誤算だったことだろう。
女公爵がまだ若くして活躍されていた当時は、その少し前から王家に醜聞が続いたそうだ。
それらの当事者となる王子王女はすでに表舞台から姿を消して、処理はとうに終わっていたとはいえ。
一度落ちた評判、信頼を上げるということは、いつの時代も難儀なものなのだろうね。
王家はたまたま同時代に若くして公爵位を得た女性を、憧れの対象として崇め奉る存在に仕立て上げ、自分たちへの非難を忘れるよう仕向けたのではないか、という話は祖母から聞いた。
さりとてかの女公爵の能力が偽りをもって広められたわけではない。
彼女は正しく評価されるに値する人物で、素晴らしいとしか言いようのない功績をいくつも残した。
故に王家が何も関与しなくとも、彼女は多くの者に讃えられていたことだろう。
それを王家が黙って見過ごしていたかどうかは怪しくなるが、起きていないことでの危うい想像はやめとしよう。
王家の思惑は、当初は予定通りに進んでいたと言える。
下位貴族らは、民らと同様、上手いこと王家の意図した通り踊らされていたようで、当時の王家の醜聞の話はあっという間に忘れ去られたそうだね。
されども高位貴族らを同じよう意図して安易に動かすのは無理な話で。
当時は上位貴族の誰もが、王家への不信感を忘れずに持ち続け、若き女公爵の行く末を案じていたそうだ。
高く上げられた存在は、落ちるときにはあっという間、気付けば底に倒れているものである。
王家はそのように利用する算段で、女公爵の評価を持ち上げていたはずだった。
多くの憂いが杞憂で終わったのは、女公爵の方が当時の王族より一枚も二枚も上手だったからだろう。
もっとも若い頃に、彼女が突然手にした権力や富へと群がる有象無象を自ら切り捨てたという話があるが、あれは真実であったのだろうと、私は彼女の話を聞くうち信じるようになったね。
彼女は王族から与えられる落としどころを待たずして、自ら周囲に劣る部分を見せはじめたそうだ。
そして会話においても、わざわざ己からその話題に触れ、恥じてみせた。
若輩者として教えを乞うことも多かったという。
凄いだろう?
歴代の王家とは真逆の対応をしてみせたのだよ。
さてね、本当は上がり過ぎた評判を落とそうと思っただけかもしれないが。
これで女公爵の人気は、さらに高く舞い上がっていったそうだ。
人は常に正しい聖人君主より、より人間らしい欠陥を持つ英雄へと惹かれるものではないかい?
その英雄に頼りにされたらどう感じる?
この辺りから次第に高位貴族たちの女公爵に対する受け止め方も変わっていったと聞いているよ。
もっとも彼らの心を掴んだ大きな出来事は、王家からの縁談を毅然とした態度で断り、遠縁とはいえしがない男爵家の令息と結婚したことだった、これは幾人からも耳にしていることだね。
君も聞いたことがあるのではないかな?
女公爵は権力よりも愛を選んだ女性として、下からは大層持て囃されたそうだよ。
一方で上位貴族たちはまた違った理由から、女公爵に安堵したんだ。
あの結婚が、彼女がこれ以上の権力を欲していないことを正式に示した形になるからだよ。
まぁね、一部の高位貴族らは、下々の者たちと同じようなことを考えてもいたようだった。
権力よりも愛に生きる、所詮普通の女だったと。
これが女公爵と比較され続け、面白く思っていなかった当時の上位貴族たちの心をよく慰めたのだろうね。
身分など関係なく、結局いつの時代も最大の敵となるものは、他者の嫉妬心から生じる問題なのかな。
そういう知らぬ間に育てられている他者からの悪感情を上手く抑えることが、女公爵はとにかく上手かった。
だからね、私はこう考えているんだ。
あの結婚も女公爵の戦略で、いっそ王家も絡んでいたのではなかろうかってね。
そう疑ってしまうのは、私がその時代を知らないからだと思うかい?
あるいは私もまた、貴族家の女当主として、色々と面倒な立場にあるせいだろうとでも思っているかな?
しかしね、私はこれに王家が絡んでいたという予測は、間違ってはいないように思うのだよ。
王家はこのとき、女公爵の結婚を認めたという実績により、大きく評価を上げているね?
それに少し考えれば、王家からの婚姻の打診を本当に断っていたとして、それが外に漏れているのはおかしい話だ。
あれはあえて情報を流したとしか思えないのだよ。
だから裏では、何かの取引があったのだろうね。
まぁそれはね、私たちが知る必要のないことだよ。
問題は、女公爵に起因する思想の歪みが、やがて高位貴族にまで広がってしまったこと。
その子女たちが確実に影響を受けて育ち、歪みを持ったまま人格を形成したことにある。
その一人となるのが、私の父親だ。