祖父の正義③
よくやった!
孫娘が誕生したときには危うく叫ぶところだったな。
私はしかし黙り、出産後の嫁を労う良き義父であるよう努めた。
この振舞いは代々我が家の男が受け継ぐ家訓によるもの。
女の出産前後の記憶というものは、あとあとまで引き摺る厄介なものらしいのだ。
しかもこの期間、男のやることなすこと、悪く捉える習性まであるという。
故に我が伯爵家の男は、妊娠中から産後しばらく、その身体を労わる意外の言葉を発せず、他は一切黙して語らない。さらには出掛けることも制限し、極力は何もしないで過ごす。仕事は別だがな。
そして妻からの言葉は全肯定だ。
過去に我が家の男たちに何があったか知らないが、妻が言うより先に産まれた子を褒めてもならんと聞いていた。
これは妻だけでなく、母親だろうと、息子の嫁だろうと、娘だろうと、妊娠出産期間の女には変わらずに適用する、男だけに継承されてきた家訓なのだ。
いかに有用な家訓であったことかは、二度三度と実践すればその身で理解出来るものだった。
両親もまた然り、私もおかげで妻との仲が何十年とこじれることはなかったから、先祖にはひたすらに感謝する気持ちを抱いている。
嫁とも揉めたことがない。
ならばこそ、大事な教えとして息子にも伝えていたが。
はたしてこの愚鈍な息子は実践出来ていたのかどうか、それは知らんが、息子夫婦もまずまずの関係に見えていたからには、それなりに上手く出来ていたのだろう。
そしてこの孫の誕生で、私は積年の願いを叶えた。
期待した通り、孫娘は女公爵の血統を確かに継いだ才女だったのである。
赤子の頃から、あの子は何もかもが愚息とは違っていた。
やはり周囲ではなく血筋が素晴らしかったのだと、また考えを改めていると。
息子たちが孫娘との関わり合いを減らしたいと言ってきた。
何を考えていたかは知らんが、好機だと思った。
今度こそこの手でこの子を育て、立派な後継者に仕立てよう。
今回は妻の反対もなく。
それで息子たちが孫娘と関わりを断つことに同意した。
これは虐待ではなかろうて。
息子夫婦の代わりに私が孫を育てる、それの何が悪いという?
親が子を存在せぬよう扱うことも虐待だと?
ならばそれは息子夫婦の問題だな。
あやつらがそうしたいと望んだことを私は許しただけだと言ったであろう?
それにだ。
私は孫娘を一番に可愛がっていたのだ。
二番目の孫か?
あれはならん。
愚鈍な息子夫婦にそっくりに育っているではないか。
いや、あれはもっと酷いと言えるな。
あの子は早々に家から出そうと決めていたとも。
家と家を繋ぐために利用?はっ、まさか。
あんな不出来なものを良家に出せば、我が家の信用が落ちるだけだ。
あれは適当に裕福な平民の……そうだな、いくつか見繕っていた大店の後継ぎ息子にでもやって、貴族家の令嬢を得た見返りを要求する予定でいたのだ。
だからその程度に育つよう可愛がっていたとも。
それがまさか、あんな馬鹿な計画を立てているとは思わず。
なに?
私がすべて計画したのではないかだと?
馬鹿を言うな。
あれは公爵家からの縁談において、婚約相手を変える方法はあるのかと聞かれたから答えただけ。
それを本気で実行する愚者がいるなど、私に想像出来たと思うか?
それも妻や息子が行うなんて、誰が思うか。
あの男とて庶子生まれの四男とはいえ、侯爵家の息子ではないか。
しかもあれとの間には公爵家も入っていたのだぞ。
そんな馬鹿な真似をする男だと疑ったこともない。
もう一度言うぞ。
私は孫娘を一番に可愛がっていた。
孫娘本人に聞けば分かる。
今から聞いてみろ。
すると孫娘も言うだろう。
この件に私は関与していないのだから、早く私を解放しろとな。
今頃は私に会いたいと、寂しがっているのではないか?
伯爵として責任を取らねばならぬことは分かっているとも。
妻と息子夫婦は田舎で謹慎させるつもりだ。
分かっただろう?
ならば急いで話を付けてくれ。