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幼少期①

「それ、ちょうだい」


幼いころからそれはジェラシー・スカーレットの口癖だった。彼女は裕福な伯爵家の生まれだが、自分が持っていないものに強く固執した。


ジェラシーが6歳のときのこと。ジェラシーは同じスカーレット領の子どもと遊んでいた。その中で途中参加した一人が魔法の訓練に使う杖を周りに見せびらかした。男の子は「かっこいいだろ!」と自慢してきたのだ。ほんの出来心だったのだろう、そうして周りから羨ましがられるのを期待していた。周囲は多少の興味を示したものの、しかしどういうわけか、少年が期待していた類の感情は全く示さなかった。面白くない。少年がそう思って踵を返そうとしたとき。


「それ、ちょうだい」


ジェラシーがそう言った。やはり自分が持っている杖はすごいだろ!誰からも嫉妬されなかった少年に一気に優越感が押し寄せてきた。同時にもちろん渡すはずもなく、


「渡すわけねーだろ!これは俺のものだ」


と言い放つ。その瞬間だった。少年の視界が揺れた。立てなくなるほどの衝撃。ぼやけて鮮明に見えない視界を通して見えたのはジェラシーの手が血に濡れているということだった。誰の血だ?少年は思った。同時に自分が誇示していたはずの杖はジェラシーの手元にあった。少年が力づくで杖を奪われたことを理解した時にはジェラシーは姿を消していた。


「なぜフェイス・ポールを殴ったのだ?」


その夜。ジェラシーは夕食の席で父パトリックに杖の件で咎められた。一部始終を見ていた他の子どもたちが告げ口したのだと悟ったジェラシーは開き直るわけでもなくただ淡々と説明した。


「殴ったら杖をくれると思ったからです」

「お前は欲しいもののために人を傷つけるのか?」

「はい。実際、彼を殴ったことで私は杖を手に入れまし―――」

「お前は自分がしたことの重大さを理解しなさいッ!!」


その言葉を聞いたパトリックは娘に平手打ちをした。甲高い音が鳴る。


「―――っ」

「人を殴ってはいけない!人を傷つけてはいけない!当たり前だろうが」


頬に痛みを感じたジェラシーは顔を上げて父親の顔を伺った。怒っていた。でもそれ以上に哀しそうな目で娘を捉えていた。母親のいないジェラシーにとって唯一の肉親である父親が悲痛な表情をしていた。そんな姿を見るとどうしてか、ぶたれた頬よりも胸が痛くなった。


父親を悲しませてまで、嫉妬から人を殴って杖を得て、その先に何があったのだろうか。虚無感がジェラシーを襲う。そこでようやく自分がやってはいけないことをしたことに気づいた。この日この瞬間、ジェラシーは初めて人に暴力を振るってはいけないということを、学んだ。


「ごめんなさい、お父さん」


先ほどまで毅然としていた態度を改めて謝る。もう、手遅れかもしれない。スカーレット家とポール家が代々親密な関係を築いているをジェラシーは知っていた。特に貿易ではポール家が所有している商会にお世話になっているのだ。だから娘がそのことを知っているうえでフェイスを殴ったのだと、父親が理解しているのならばどれほど落胆されるだろうか。もしかしたら家を追い出されるかもしれない。


パトリックは深くため息をついた。その上で、


「人を殴ってはいけない。分かったか?」


と厳しく諭した。今までにないほど口調が厳しく表情がこわばっていたのでジェラシーは初めての父親の厳格な態度に怖気づいて泣いてしまいそうだったが、それが許される立場ではない。ぐっとこらえて首肯した。


パトリックはそこで自分が意図せず高圧的な態度を取っていたことに気が付き、娘が心から反省している様子を見て優しい声音で言った。


「説教は終わりだ。さあスープが冷めてしまう。食事に戻ろうか」


厳格なお父さんが優しいお父さんに戻ったことに安堵したジェラシーは緊張の糸が一気にほぐれ泣き崩れた。わんわん泣く女の子の声が響いた。パトリックはどうすれば泣き止んでくれるかと、あたふたした。


メイドのラサリーだけが父親と娘のやり取りを見て微笑を浮かべていた。

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