第8章 戴冠、そして“誤解の聖女”へ
翌朝、セレスティア魔法学園の掲示板前には、まだ陽も昇りきらぬうちから生徒たちが集まっていた。
吐く息が白く染まる早朝。
皆の視線は、一枚の羊皮紙に釘付けになっていた。
そこには、こう記されていた。
『第52期生徒会長 クラリッサ・ヴァンディール嬢に決定』
一瞬、静寂。
だが次の瞬間、ざわめきが一気に波となって広がった。
「やっぱりクラリッサ様だったんだ!」
「ついに学園が変わる!」
「“悪を演じる聖女”……尊い……」
拍手と歓声が巻き起こり、中には涙ぐむ者すらいた。
貴族寮の窓からは、祝福のリボンが魔法で舞い上がる。
一方その頃、クラリッサは寮の自室で硬直していた。
「…………は?」
机の上には、使い古された羽ペンと昨日書き損じた手紙の束。
彼女はその羽先を見つめながら、ゆっくりと椅子にもたれかかった。
「勝った……の? 何もしてないのに?」
そこへ勢いよく扉が開く。
「クラリッサ様! おめでとうございます!」
駆け込んできたのは、セリナ・エルメリア。
両手には手作りの花冠、目には輝きと信仰に似た熱が宿っている。
「これで学園は変わります! あなた様のような“聖女”がいてくださるなら、きっと――」
「ちょっと待ってセリナ。私は“悪”なのよ……!」
クラリッサは思わず立ち上がった。
だがセリナは、まるでそれすら肯定するかのように微笑んだ。
「ええ。分かっています。“そういうふうに振る舞ってしまうご性格”なんですよね」
「違う、そうじゃない……! 本当に、私は……!」
言葉が届かない。
世界は、彼女を“誤解されたままの聖女”として戴冠してしまったのだ。
その日の午後、正式な会長就任式が執り行われた。
学園中央講堂には、絢爛な装飾が施され、歴代の会長の肖像が魔法の光で映し出されていた。
壇上、ユリウス前会長はクラリッサに一歩近づくと、儀式用のマントを彼女の肩にかけた。
そして、頭上には王冠を模したティアラが載せられる。
「誤解で王座に就く者がいてもいい。それで世界が動くのなら、ね」
彼の口調は軽やかだが、その眼差しには深い確信があった。
会場に響く拍手。
それは誰もが望んだ未来の“象徴”への称賛だった。
クラリッサは壇上でうつむいたまま、心の中で絶叫した。
(なんでよおおおぉ……!)
だが、その背筋はまっすぐに伸び、マントは風を受けて誇らしく揺れていた。
こうして、史上最も“誤解された”生徒会長が誕生した。
しかも当人の意志に反して、完璧に演出された“伝説の始まり”として――。
そして、クラリッサ・ヴァンディールの伝説は、新たな段階へと進んでいく。
仮面の奥の真実が、まだ誰にも知られぬままに。
続く。