第7章 決戦の演説、仮面の奥の真実
ついに、セレスティア魔法学園の講堂で“選挙最終演説会”の日が訪れた。
全校生徒と教師陣、さらには貴族派と平民派の保護者までもが詰めかけ、会場は異様な熱気に包まれていた。
講堂の隅々まで魔法灯が照らされ、重苦しい空気を和らげるように魔法楽団の調べが遠く響いていた。
壇上には候補者が順に並び、その中央には例の“誤解令嬢”――クラリッサ・ヴァンディールの姿があった。
彼女は深紅のドレスを纏い、静かに立っていた。
その姿には威圧も傲慢もなかったが、目の奥には決意の色が宿っていた。
最初に口を開いたのは、マーガレット・シェリーだった。
「私は平民の子としてこの学園に入学しました。貴族と平民の隔たりなく、皆が安心して学べる未来を――」
真摯な言葉に、会場の一部から温かな拍手が起こる。
その表情は柔らかく、しかしどこか不安を滲ませていた。
次に続いたラディウスは、失墜した信頼を取り戻そうと保守的な演説に終始した。
だが観衆の反応は鈍く、かつてのカリスマは戻らなかった。
そして、クラリッサの番となった。
舞台の中央に進み出る。
深呼吸ひとつ。
観衆のざわめきが、ゆっくりと静まり返っていく。
「私は……この学園を変えるつもりはありません」
最初の言葉に、ざわつく聴衆。
「この学園には、すでに変わる力がある。私はそれを、ただ“映した”だけにすぎません」
彼女の声は、まるで霧を切る風のように静かで澄んでいた。
「私は“悪役”を演じてきました。高慢で、冷酷で、貴族の象徴として。
けれどその仮面の裏で、誰よりもこの矛盾に苦しんでいた。善を語ることも、正しさを叫ぶことも、私の役割ではなかったから」
客席に沈黙が広がる。
それは、彼女の告白が誰の心にも届いていた証だった。
「でもね。私に“善いことをした”と褒めてくれた人たちの瞳は、すごく……綺麗だったの。
私の毒舌を信じてくれた王太子も、真意を読み違えた平民の子も、みんな……真剣だった」
その時、クラリッサは初めて観衆をまっすぐに見つめた。
「だから私は、“悪役”のままでいい。この仮面のまま、誰かの目を覚ます毒でありたい。
……それが、私にできる唯一の、誠実な方法だから」
一瞬の静寂の後、会場にゆっくりとした拍手が広がった。
それは喝采ではなく、敬意と共鳴の音だった。
その後、票の集計が始まった。
結果は翌日、学園の掲示板で発表されることになっていた。
それまでの一夜が、誰にとっても長く感じられるだろう。
演説を終えたクラリッサは、講堂を静かに後にし、ひとりで中庭の噴水へと歩いていった。
月光が水面に揺れ、冷たい風が彼女の髪を優しく撫でた。
「“悪”の仮面って、意外と息苦しくないのよね。不思議と……」
その背に、そっと誰かが近づく。
エルシア・ルルヴァンだった。
「いい演説だったわ、クラリッサ。少なくとも、私の中の“善と悪”の境界線は、少しだけ揺らいだもの」
クラリッサは、そっと微笑んだ。
「それは……光栄ね」
エルシアはその隣に並び、ふたりはしばし噴水を見つめていた。
「あなたは“誤解される悪”を貫く。
でも私は、本物の“悪”として、それがどれだけ厄介なものか知っている」
「それでも、あなたは私に歩み寄ってくれた」
「……ええ。認めたわけじゃないけど、興味はあるの」
決戦の夜、少女たちは互いに“仮面”の重みを確かめ合う。
やがて来る“結果”が、どんなものであれ。
続く。