第4章 次期生徒会長候補は悪役令嬢?
季節の風がほのかに春の香りを運ぶ中、セレスティア魔法学園では新たな話題が生徒たちの間を賑わせていた。
それは、次期生徒会長選出の推薦人事。
通常、成績優秀かつ品行方正な上級生の中から選ばれるはずのその候補に、なんとクラリッサ・ヴァンディールの名前が挙がっていたのだ。
「は……?」
書簡を手にしたクラリッサは、硬直した。
その場にいた侍女のミレーユが、そっと顔を覗き込む。
「クラリッサ様……ご体調でも?」
「いえ……この推薦状、なにかの悪い冗談よね?」
けれど、そこに記された推薦文には、こうあった。
『学園の秩序と公正を守り、貴族と平民を隔てぬ公平な指導力を示した人物』
「……私、なにかそんなことしたかしら……?」
思い返すのは、いつも通り“悪役”としての言動ばかり。
平民に“圧”をかけ、貴族の不正を“蔑み”、王太子には“辛辣”な毒舌を。
だが結果として、それが平等を促進するような形になっていたのだ。
その日も校内は騒然としていた。
大階段でクラリッサが姿を現すと、ざわめきが一層高まる。
「あの人が次期会長候補……?」
「でも確かに、誰にも媚びないし……」
「貴族にも平民にも厳しい……逆に信用できるかも?」
(……なに、この肯定的な空気。どうして誰も私を怖がらないのよ……)
そんな中、エルシアが姿を現す。
「ふふ、会長候補ですって。見事な“誤解”っぷりね」
「うるさいわね。あれは勝手に推薦されたの。私が望んだわけじゃ――」
「でも、断っていないでしょう?」
クラリッサはぐっと言葉に詰まる。
推薦を正式に辞退するには、生徒会長本人の署名を得て届け出る必要がある。
そのため、彼女は会長室へと向かうことにした。
そこにいたのは、現生徒会長にして四年生、静かなる策士と名高いユリウス・グレイフォード。
銀髪の青年は静かに書類を閉じ、クラリッサに微笑を向けた。
「君が噂の悪役令嬢、クラリッサ・ヴァンディール嬢だね」
「その通りよ。私は誤って推薦されたの。今すぐ撤回してもらえるかしら」
「撤回はできないよ。推薦者多数による提出で、規定を満たしている。むしろ――」
ユリウスはにやりと笑った。
「次期会長として、君を迎える準備は整っている。学園に必要なのは、君のような存在だ」
「……意味がわからない。私は“悪”よ。周囲に恐れられ、忌避されるべき存在」
「でも実際は?」
ユリウスは立ち上がり、窓の外に広がる校庭を指差した。
「君の言動で変わった空気が、あそこにある。いじめは減り、貴族の専横は抑制された。言葉は毒でも、行動は薬だった」
クラリッサは言葉を失った。
「だから言ったでしょう? 誤解されたままでいいのよ」
その瞬間、自分の中に確かな矛盾が生まれていることに気づいた。
悪を演じることで“善”を為す……そんな道が、本当に自分の信じる“悪役令嬢”なのか?
問いを抱えたまま、クラリッサは会長室を後にした。
階段を降りながら、彼女はふと立ち止まり、静かに呟いた。
「私、本当に……何をしてるのかしら」
けれどその問いは、まだ誰にも答えられない。
そして、選挙戦という新たな舞台が、クラリッサの“誤解”をさらなる高みへと導くことになる。
続く。