第3章 敵か味方か?鏡写しのライバル登場
数日後、クラリッサが図書塔の階段を降りようとしたときだった。
「クラリッサ・ヴァンディール」
背筋の凍るような声が、静寂を切り裂いた。
階下に立っていたのは、黒髪をシニヨンに結い、漆黒のドレスに身を包んだ少女――エルシア・ルルヴァン。
伯爵家の令嬢であり、学園でも一目置かれる冷酷さと知性を備えた人物。
その瞳には、揺るぎない確信と一抹の挑発が浮かんでいた。
「あなた、ほんとうに“悪”を名乗るつもり?」
初対面でいきなりの直球。クラリッサの瞼がぴくりと動いた。
この学園で、自分の“悪役令嬢”像に正面から疑問を突きつけてきた者は初めてだった。
その気配だけで、彼女の“仮面”が揺らぐような感覚に陥る。
「……なにか御用?」
冷ややかに返すも、エルシアは一歩も引かない。
「この数日、あなたがやったことを見てきたわ。高圧的な態度で人々に希望を与え、貴族の傲慢を諫め、いじめを止める。――それのどこが“悪役令嬢”なの?」
「それは……」
言葉に詰まりそうになったクラリッサだったが、すぐに表情を取り繕う。
心の奥にざらりとした違和感が残る。
「勘違いされたまでよ。私は一貫して高慢で不遜な態度を貫いている。それが“善”に見えるのなら、それこそ世間の目が狂っているのよ」
「その言い訳、よく練られてるわね。まるで、自分を信じきれていない者の言い分みたい」
鋭く刺すような言葉。
クラリッサは内心、痛みを感じながらも笑みを崩さない。
だがその笑みは、どこか揺らぎを帯びていた。
「では、あなたはどうなの? 本物の“悪役令嬢”とやらを演じて見せてくれるのかしら」
「演じる? 私は“在るべき貴族”を実践しているだけよ。善と偽るあなたと違ってね」
エルシアの声には、断言する者の確信があった。
クラリッサは、その潔さにほんの僅かに心を揺さぶられる。
「……あなた、面白いわね」
「そう。あなたも、少しは本音が見えてきたじゃない」
互いの視線が火花を散らす。
階段の踊り場で、まるで剣を交えるような鋭い沈黙が続く。
その緊張を破ったのは、遠くから聞こえた鐘の音だった。
クラリッサはスカートの裾を翻す。
「ふふ、面白いわ。あなたが私を偽善者と呼ぶなら、それもまた一興。だけど――私は“悪役”をやめるつもりはないわ」
すれ違いざま、エルシアの視線がさらに鋭くなる。
「じゃあ、証明してみせなさい。あなたの“悪”が、本物かどうか。私が見届けてあげる」
その日、クラリッサは初めて、自分の“悪役”という仮面が他者に試されていると感じた。
それは今までにない種類の緊張であり、何よりも――少しだけ心地よかった。
そして、まだ気づかぬまま――この出会いが、彼女の運命を大きく動かすことになる。
続く。