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童貞魔王と第四皇女:その2…次の妃候補はマーマンらしい(後編)

 マクシムとシルフィアはマーマン種の別邸へ到着すると、すぐに寝所へと通された。何でもマーマンのお姫様はすでに寝所に入っており、魔王の到着を待っているらしい。マクシムは護衛と側仕えに待機を命じると、シルフィアだけを伴って寝所へと向かった。


 寝所へ入った二人は、その異様さに驚いてしまった。

寝所には扉、そして数カ所の明り取りの窓があるだけだった。床は石畳から砂浜へと緩やかに変化し、その先は海に続いている。砂浜の半分は港の岸壁の様な石垣が作られ、その側にテーブルと椅子2脚がある以外、ベッドすら見当たらない。灰色の天井と壁も海に続いており、まるで水没した洞窟を連想させた。

 二人が寝室を見回していると、岸壁から一人の女性が顔を覗かせた。


「お初にお目にかかります、私はマーマジネス海洋共和国の第二十八王女、フィシア・マーマジネスと申します」


 フィシアと名乗った女性はマーマンだった。

顔立ちや肌は人間に近く、濡れた青い髪は肩口で切り揃えられていた。海面から出ている胸元には服飾等は見られず、耳の後ろに紅い飾りを付けているだけだ。見えている範囲で人間と違うのは、岸壁を掴む指の間には水かきがあるぐらいで、見た目は人間でいう20歳前後だろう。とても11歳には見えない。


「うむ、俺は大ゴウディン魔王国の現魔王、マクシム・ゴウディンだ。遠路はるばる、よく来てくれた」


 マクシムも尊大に名乗り返す。

シルフィアは目立たぬように頭を下げ、一歩下がろうとした。しかしマクシムが袖を掴んで放さず、マクシムから距離をとることが出来ない。


(ちょっと、放しなさいよ)

(俺を独りにするな、側にいてくれ)


 プロポーズなら嬉しいだろうが、別の女性の寝所で聞くとこれ程情けない言葉は無いだろう。シルフィアは腕を振ってマクシムを振り切ろうとするが、握力が凄いのかマクシムの指は離れなかった。


召使(めしつかい)ですか?同席しても構いませんよ。私も2人の召使が同席いたしますので」


 フィシアがそう告げると、その背後に2人のマーマンが海面から顔を覗かせる。どちらも女性のようで、手には何故か大きな網籠を持っていた。

 マクシムはフィシアの言葉に眉を歪め、シルフィアを抱き寄せると声高に宣言する。


「召使ではない、彼女は神聖キールホルツ帝国第四皇女、シルフィア・キールホルツだ。其方と同じ妃候補であり、すでに交合(こうごう)も終えている。本日は俺の補佐として同行しているのだ!」

「いや、だから、それは駄目でしょうがッ!!…すみません、すぐに退室しますのでッ!」

「いえ、問題ありませんわ。補佐は必要ですし、見られて問題のある事でもありませんし」

「ふぇッ!?」


 シルフィアはフィシアが発した同意の言葉に驚いた。自分だったら痴情を別の女性に見られるなんて絶対に嫌だからだ。自分の声が大きいという自覚はあるのだ。


「もともと我等マーマンは海中にて子を()す種族。透明度の高い綺麗な海で交合を行うので、他の者に見られるのは当たり前です。それに神聖な行為なのですから、何を隠す必要がありましょうか?」

「あ、はい、すみませんでした、仰る通りです」


 フィシアの熱弁にシルフィアは簡単に折れた。そして背を向けると、小声でマクシムに話しかける。


(ごめん、理解できない)

(ふむ、俺もこの手の事は不勉強だ…人間ではそういった習慣はないのか?)

(ファッ!?……あ、あるにはあるけど………相当特殊な慣習というか、上級者向けというか……実家の娼館でも()()()()()で複数の女性を(はべ)らす事はあったけど、女性から望む事は無いわね…)

(なるほど、種族によって文化が違うという事か…覚えておこう)


「何を二人で話しているのです?それより私、もう我慢の限界なのです…マクシム様、どうか私に精をお与えください!」

「う、うむ!その気持ち、受け取った!では両国の安寧の為、子を()そうぞ!」

「嬉しい!では参りますわッ!」


 そう言うとフィシアは顔を赤らめ、フルフルと肩を震わせた。そしてマクシムが全裸になる前に安堵の溜息を漏らす。


「では、こちらに放精をお願いします」


 フィシアの言葉に呼応するかのように、召使の一人が海面に顔を出す。その手の網籠にはルビー色に輝く丸い宝石のような物体が山盛りになっていた。


「………これは?」

「はい、私の卵でございます…さぁ、放精なさいませ!」

「うむ、わからん、説明してくれ」


 説明を求められたフィシアはウットリとした表情で話しだした。


「我等マーマン種は卵生で、体外で受精いたします。以前から人間や魔族とも海中にて子を生していましたが、その成功率は低いものでした…それから研究を重ね、マーマンの卵に異種の精を直接かけて撹拌するという乾導法が確立されたのです。これならほぼ全ての卵が受精するので、今ではマーマン種の間でも推奨されていますわ」

「つまり、どういう事だ?」

「えっと、あんたが自分でシて、この卵に打っ掛(ぶっか)けろって事でしょ?」

「大変判りやすいが、もう少し言葉を選んでくれ」

「もちろん補佐の方が放精を手伝う事もできます。と言うより、手伝わざるを得なくなります」

「え?私も手伝うの!?」

「はい、この卵はまだ一部です。これまでの研究結果から異種の精1回分で、この卵の量が適正だと判っています。私のお腹にはあと50回分はありますので、これらに放精されるまで頑張っていただきます。とても男性一人では難しいので、女性が補佐に入るのが普通です」

「いや、50回は無理でしょ!マーマンの男ってどうしてるの!?」

「マーマンの殿方は1年の間に栄養を付け、1度の放精で全ての卵を受精させます。そのあまりの過酷さに命を落とす者もいる程です」

「うむ、確かにその量は死ぬな」

「ちなみにマーマンの産卵は4年に1度です。ですから殿方1人に複数の女性が付き従うのが普通ですわ」


 シルフィアが岸壁から海中を覗くと、フィシアの腰から下が見えた。その形状は魚に酷似しており、長さは8mを超え、膨らんだお腹には50回分の卵が入っている事が容易に想像できた。ちなみにもう一人の召使は海中で網籠を持ち、フィシアの放卵を待ち構えている。


「……マクシム、取り合えず最初の内は自分で頑張れ…」

「え、しかし…」

「それで出なくなったら手伝ってあげるから」

「お、おぅ…これも王様の仕事だ、覚悟を決めた…それに…」

「それに?」

「その後、心置きなくシルフィアを抱けるからな…頑張らねばならぬ!」

「はいはい、楽しみにしてるわよ」



 その後マクシムは8日掛け、フィシアの53回分の卵に放精した。

シルフィアも娼館で培った知識を総動員し、あの手この手でマクシムを補佐する。フィシアもこの日の為に集めておいた牡蛎を開いては、皿の上に山と積み上げた。


 受精した卵は海中の岩陰に隠され、召使が新鮮な海水を送り続けた。2か月後に無事に孵化すると、3000匹の子供達は大海へと旅立っていった。何でも8年間は自力で自然界を生きていくそうで、強さと賢さを備えた子供だけがこの別邸へ帰ってくるのだそうだ。


「無事に育つのは100に1つといった所でしょう。しかしその強靭さが無ければ子を生せませんわ」


 そう言い放ったフィシアは修羅の顔をしていた。



 ー追伸ー

 王としての仕事を終えたマクシムは10日間の休養を要したが、その後の5日間でシルフィアとの約束を果たしたのは側使い達の公然の秘密である。

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