第参話 新たなる世界(ブランニュー・ユニバース)
俺は裸足に死ぬ前のスウェット姿のまま、青空と地平線の見える草原に立っていた。少なくともそこは日本─東京都江戸川区ではない。そして20連勤による疲労感も、血尿滲み出る珍棒の痛みも無く実に爽快な気分だ。
「本当に、異世界転生したのか?俺は!!」
その証拠に空を見れば、見たことも無い鳥、鳥どころか爬虫類か哺乳類かもよくわからない生命体までもが空を舞っているじゃないか。それだけでも、ここが元いた世界でないという証拠。
よっしゃああ!と、俺はガッツポーズで歓喜の雄叫びを上げる。仕事・ハラスメント・ストレス・不景気 etc…現代日本社会が抱えるあらゆる問題から、俺は解放されたのだ!これが喜べずにいられるものか!!
しかし、喜びも束の間。最初の試練が俺に襲いかかる。
びゅおお、と羽ばたきの音、巨大な団扇で扇がれたかのような強風が、俺を襲う。そして、地獄の底から響くかの様な唸り声をあげながら急降下する巨大な影。金色がかった茶色いボディは鎧のような鱗に覆われ、一対の大きな角、鋭い牙、強風の発生源である翼を持つ生き物が、俺の目の前に降り立った。
「ど、ど、どどドラゴン……!?」
異世界に来てスライムでもゴブリンでもなく、いきなり巨大なドラゴンにエンカウントしてしまうとは思わなかった。だが、
「て、転生ものなら、俺には何らかのチート能力が……」
ドラゴンに対して両掌をかざすも、何も起こる気配は無い。というか、さっき会った神からは何も聞かされていない。
「やべえ……」
ドラゴンが俺と、文字通り目と鼻の先の距離で、大きく口を開いた。丸呑みか、はたまた火炎のブレスで丸焦げか、俺の異世界での人生は早くも幕を下ろそうとしていた。ガタガタ震えながら、死とシロワニに生まれ変わる覚悟をしたその時だった。
「聖なる光よ!邪なる者を祓え!!フラッシュアロー!!」
女のものと思われる高い声での、解りやすい魔法の詠唱と思わしきものが聞こえると、光り輝く矢の如きエネルギー体がドラゴンの横っ面に命中した。
「そこのお方!大丈夫ですか?」
と、今度は若い男の声で話し掛けられ、振り返る。
「!!」
その男の姿を見て、俺は言葉を失った。
マントの付いた白銀の鎧、装飾の多い大剣、宝玉の付いたサークレットという、ステレオタイプな“勇者”。そして、彼は俺の前に出ると、ドラゴンに向かって剣を構える。
「冥天竜グレートカイザードラゴン!お前の相手はこの勇者アルフレッド・ザン・社だ!!」
俺は、この勇者を知っていた。忌まわしき、そして痛々しきその名を……