第壱話 漆黒の聖典(ブラック・グリモワール)
俺の久々の休日は、尿意から始まった。
そして尿意に誘われるまま布団を出て便所へ行き、パンツから露出させた珍棒は、赤みを帯びた小便を吐き出す。血尿だ。
痛い。が、今更だ。ここ数ヶ月しばしば起こる現象なのだ。本来なら医者にかかるべきなのだろうが、生憎とそんな暇は無い。ついでに金も無い。家も職もあるのだが、激務の中を薄給でこき使われ、家賃5万のこの部屋は帰って寝て起きるだけの場所となっている。
トイレの水を流し、珍棒を仕舞い、再び布団へと戻る。このアパートの一室に居間と寝室の区別など無く風呂と便所以外の殆どを万年床と化したこの布団の上で過ごしている。
「……」
最早俺は、休日の過ごし方すら忘れてしまったのかという程、無気力であった。所謂“オタク”に分類される俺は、社畜となる以前まで漫画やアニメ、ゲーム等を嗜みそれなりに楽しんでいた。しかし仕事に追われる日々を過ごす内に、それらを楽しむ時間も情熱も無くなっていた。あるのは溜まってゆく疲労とストレスだけ。さっきの血尿はそれの象徴とでも言うべきか。
その時だった。インターホンが鳴る。
「佐丹信雄さーん、宅配便でーす」
ドア越しに呼ばれた佐丹信雄が俺の名だ。
荷物の送り主は実家の両親。
俺の健康を案じてか、米や野菜を送ってくれたようだ。しかし、ありがたい事ではあるが俺には自炊をする時間も気力も無いのだが。
大きめのカリフラワーを箱から出すと、その下には何やら懐かしいものが見え隠れしているではないか。
「ファミ通か………」
俺の部屋にあった古い雑誌を、緩衝材代わりに敷いたようだ。雑誌に載っているゲーム達は、何世代も前のハードであり時の流れを痛感する。これを読んでガバスを集めていた少年はもう、アラサーなのだから。
カリフラワーに続きキャベツをどけると、そこにあったのは一冊の古びたノート。
「これは……まさかッ」
俺はこのノートを、否、忌まわしき書物の正体を知っているッ!!表紙に書かれた『漆黒の聖典 』なる文字!そして俺は漆黒の聖典を恐る恐る開き、ページを捲る。
『エターナル・サーガ』
きったねえ字!
『伝説の勇者アルフレッド・ザン・社』
ヘッタクソな絵!
『神々の箱庭カムイ・ミンタラ』
ダッサいネーミング!
『魔王を倒す』
薄いストーリー!
因みに勇者のミドルネームのザンとか和風の姓には特に理由は無い。響きの格好良さと当時ハマってた他の作品から何らかの影響を受けて付けたのだ。何故ならば、この“漆黒の聖典”は、俺が中学生の時に書き残したモノ……所謂“黒歴史ノート”なのだからな!!
「何ちゅうモンを送ってきやがるあのババア!!」
親への感謝を180度掌返し、俺は『漆黒の聖典』を布団の上に投げつけた。
そして、あまりのイタさに、珍棒だけでなく頭も痛くなってきた。しかも、これを書いたのがかつての自分自身だという事実が更に心を深く抉ってくる。
机の引き出しに封印されていたはずの黒歴史ノート。そもそも封印などで済まさず、この世に残すべきでは無かったモノが蘇り創造者に牙を剥き過去が現在を殺しにやってくる……それが、ここまで恐ろしいものだとは。
休日の初っ端から深手を負った俺は、再び布団へ横たわり二度寝に……いや、二度と覚めぬ眠りに就いた……