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第8話 届かぬ薬

 キズハ湿布を作り街を巡る。そんな地道な日々を重ね、銅貨が銀貨になり、わずかながらも手元のお金(ミラン)は増えていた。

 とはいえ、命脈の書(ルート・オブ・ライフ)の項目を一つ「知識習得」するには、まだまだ足りない。特に目標としている「感冒薬」の知識習得、五万ミラン(金貨なら5枚、銀貨なら50枚)はあまりにも遠い。


 それでも希望が全くないわけではなかった。

 キズハ湿布の評判は、私が活動する路地裏界隈で少しずつだが確実に広がっていた。「あそこの娘の手当ては清潔で治りが早い」「銅貨一枚でちゃんと見てくれる」。そんな声が聞こえてくるようになった。

 時には、以前手当てした人から「うちの亭主がギックリ腰になってね」「隣の家の婆さんが熱を出して……」といった、専門外の相談を受けることすらあった。ただ、今の私にできることは限られている。


「それは私の手には負えません。施療院へ行った方が……」と断るしかなかったが、人々の医療に対する切実な需要と、既存の医療への不満のようなものを肌で感じる機会は増えていた。


 感冒薬の材料とされた「??草の根」や「??樹の皮」を解明しようと、市場の薬草屋を巡っても、いまだにそれらしきものを見つけられない。文献を探そうにも、この街に庶民が簡単にアクセスできる図書館のような施設はないし、古本屋があったとしても今の私にはそれを買う余裕はない。


「やっぱり……経験や調査での「知識習得」は、そう簡単に出来そうにないな」


 そうなると選択肢は限られてくる。地道に価値を稼ぎ、まずは「使用」コストの五千ミラン(銀貨五枚)を目指すか。それとも、さらに時間をかけて「知識習得」の五万を目指すか……。


 そんなことを考えながら、いつものようにキズハ湿布を売って歩いていた日、以前、子供の擦り傷を手当てしたことのある女性に呼び止められた。


「お姉さん、ちょっといいかい? うちの亭主がね、二日ほど前からひどい熱と咳で寝込んじまって……」


 聞けば、ただの風邪だろうと高を括っていたが、どんどん悪化しているという。呼吸も苦しそうで、食事も喉を通らないらしい。


「施療院にも連れて行ったんだけど、『暖かくして祈りなさい』って薬湯をもらっただけで……。何か、お姉さんなら、少しでも楽にする方法を知らないかい?」


 必死な形相だった。施療院で見放されたとなると、他に頼る当てもないのだろう。



 家に行くと、奥の寝台に横たわる男性は、顔が真っ赤で浅く速い呼吸を繰り返していた。

 額に触れると焼けるように熱い。時折、咳き込んでは苦しそうに胸を押さえている。これは……ただの風邪ではないかもしれない。肺炎、あるいはそれに近い状態か?

 聴診器も体温計もない。できるのは、脈を測り、呼吸の音を推測し、顔色や唇の色を見るといった、ごく基本的な診察だけだ。それでも、状況が良くないことだけは分かった。


……本の、「感冒薬」。


 説明には「解熱、鎮咳(軽度)」とあった。これが、この状況に有効かは分からない。だが、試してみる価値はあるかもしれない。

 問題はコスト……五千ミラン……銀貨五枚。今の全財産に、あと銀貨一枚を足したくらいの金額だ。これを、一回の「使用」のために? もし効かなかったら?


 逡巡(しゅんじゅん)する。だが、目の前で苦しむ人と、懇願するような家族の視線。


「……何か、できることをやってみます。ですが、特別な薬を使うことになるかもしれません。少し、お代をいただくことになりますが……」


 言いながら自分の声が震えているのが分かった。銀貨五枚という金額を、この家族が払えるだろうか。


「かね……? いくらだい?」

「……銀貨、五枚、です」


 母親は息を呑んだ。それはそうだろう。日雇い労働者の何日分にも相当する金額のはずだ。

 彼女は俯き、しばらく何かを考えていたが、やがて顔を上げると、震える手で小さな革袋を取り出した。中には、銀貨が数枚と、銅貨が数十枚。


「……これで、足りるかい?」


 差し出されたのは、ちょうど銀貨五枚だった。おそらく、この家のなけなしの財産だろう。その重みに、手が震えた。


「……必ず、とはお約束できません。でも、全力を尽くします」


 震える声でそれだけ告げると、私は男性の傍らに再び膝をつき意識を集中させた。


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