第62話 形成技術
ヴァレリウス卿から受け取った、大白金貨一枚と大金貨五枚——価値にして百五十万。その重みは単なる富の象徴ではなかった。彼の娘クラリスさんの未来への、そして私の未知なる技術への、重い投資そのもの。
私はその価値を手に、すぐさま命脈の書へと意識を向けた。
『形成外科・再建外科』——『瘢痕修復・再建術(基礎)』「——知識習得!」
心の中で強く命じると、本のページが輝き、莫大な価値(コスト百五十万)が承認される感覚と共に、膨大な情報が再び私の脳へと流れ込んできた。
皮膚の構造、創傷治癒のメカニズム、瘢痕組織の性質、様々な切開線と縫合のデザイン、Z形成術、W形成術、基本的な皮膚移植の理論……。
それは、私がこれまで学んできた外科知識とはまた異なる、より繊細で、より美的感覚を要求される特殊な領域の知識体系だった。
単に組織を切断し接合するのではない。いかにして傷跡を自然な形に近づけ、機能だけでなく、見た目をも回復させるか——それが形成外科の神髄だ。
知識の奔流が収まると、私は改めてクラリスさんの顔の傷跡を、記憶の中に詳細に再構築した。
左の眉尻から唇の脇へ走る赤みを帯びた引きつれた瘢痕。落下事故による裂傷が、おそらくは初期の処置の不備と、治癒過程での異常なコラーゲン増殖により、ケロイド状の瘢痕拘縮を引き起こしているのだろう。
この引きつれが、彼女の表情を歪ませ、自然な笑顔を奪っている原因だ。
どう処置すべきか? 習得したばかりの知識を総動員し最適な術式を検討する。
単純な瘢痕切除と再縫合だけでは、おそらく再び引きつれを起こすだろう。瘢痕の走行を変え、緊張を分散させる必要がある。
——Z形成術、あるいは複数のZ形成術を組み合わせるのが最適か。あるいは、より複雑なW形成術……?
いや、まずは基礎的なZ形成術を応用するのが今の私の技術レベルでは最も確実だろう。
瘢痕を切除した後、Z字状に切開を加え、生じた三角形の皮弁を入れ替えるように縫合することで、瘢痕の方向を変え引きつれを解除する。理論上は、これでかなり目立たなくできるはずだ。
だが、問題は「実行」だ。顔面の皮膚は薄く血流も豊富だ。そして何より、ミリ単位のズレが結果を大きく左右する。極めて精密な切開と微細な縫合技術が要求される。
本で関連器具を確認する。「基本手術器具セット」の「使用」だけでは、おそらく精度が足りない。もっと細い針と糸、そして術野を拡大するための道具が必要だ。
『医療器具』カテゴリーを探すと、やはり存在した。
【微細手術用縫合糸・針セット(顔面用・単回使用)】
┣ 使用: 20,000[効果:極細の針と、毛髪より細い吸収性・非吸収性の縫合糸セットを生成]
【術野拡大鏡(装着型・単回使用)】
┣ 使用: 10,000[効果:術者の視界を数倍に拡大する軽量な拡大鏡を一時生成]
コストは合わせて三万。決して安くはないが、手術の成功率を考えれば、これも必要経費だ。これと、基本の手術器具、麻酔、照明、血液生成……。
外科手術は、やはり金がかかる。だからこそ、高額な対価が必要なのだ、と私は改めて自分に言い聞かせた。
術式は決まった。必要な追加器具も確認した。あとはリスク管理だ。
感染、出血、縫合不全、予期せぬ瘢痕の再発……。考えられる限りの合併症をリストアップし、それに対する予防策と、万が一起こった場合の対処法を本の知識を元にシミュレーションしていく。
全ての計画を練り上げ、手順を頭の中で何度も反芻した頃には、外は再び夜になっていた。
形成外科——それは、命を救うだけでなく、人の心をも救う可能性のある分野だ。
クラリスさんの、あの伏目がちだった瞳に、再び自信の光を取り戻すことができるかもしれない。
その期待と失敗への恐怖、そして莫大な対価に見合う結果を出さなければならないという重圧。様々な感情が交錯する。
だが、もう引き返すことはできない。私は、必要な準備を全て整え、明日、ヴァレリウス卿に手術の日程を伝えるべく、決意を固めた。この手で、新たな奇跡を起こすために。




