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第58話 回復の笑顔

 施療団から改革派が離脱し独自の活動準備を始めた——そんな噂が、ルント市の水面下で囁かれるようになってから、しばらくの時が流れた。

 街の雰囲気そのものが大きく変わったわけではないが、施療団の権威に、以前にはなかった揺らぎが生じているのは確かだろう。

 私にとって直接的な影響はなく、変わらず舞い込んでくる高額な依頼を選別し、治療にあたり、着実に価値(お金)と経験を積み重ねていた。


 そんなある日、私の部屋の扉を叩く、予想外の訪問者があった。


「イロハさん、いらっしゃいますか?」


 扉を開けると、そこには、以前よりもずっと健康的な顔色になった、若い女性の姿があった。

 見違えるようだったが、すぐに分かった。宝石商ダリウス氏の娘、リリアだ。


「リリアさん! どうぞ……。お加減は、もうよろしいのですか?」

「はい! おかげさまで、すっかり!」


 彼女は明るい笑顔で部屋に入ってきた。数ヶ月前、石のように硬化しかけていたのが嘘のようだ。

 まだ少しだけ、動きにぎこちなさが残るようにも見えるが、日常生活には全く支障がないレベルまで回復している。


「本当に、ありがとうございました。イロハさんには言葉で言い尽くせないほど感謝しています」


 彼女は、改めて深々と頭を下げた。


「いえ……。あなたが頑張ったからです」

「それでね、イロハさん。もし、今日お時間があれば……なのですが」


 リリアさんは、少しだけ頬を染めながら、切り出した。


「快気祝いというわけではないのですが……街で美味しいと評判のお店を見つけたんです。よかったら、ご一緒にお食事でもいかがですか? 父も母も、ぜひ、と」


 食事の誘い——。それは、これまでの依頼人との関係では、考えられなかったことだ。私は一瞬ためらったが、彼女の純粋な好意と感謝の気持ちを無下にするのは、違う気がした。


「……ええ、喜んで」


 案内されたのは、ルント市の中でも比較的高級な地区にある落ち着いた雰囲気のレストランだった。個室に通され、美味しいと評判の料理が運ばれてくる。


 食事をしながら私たちは様々な話をした。

 リリアさんは、病に伏せっていた間の恐怖や、回復してからの日々の喜び、そして、これからの人生でやりたいことなどを、時折言葉を選びながらも率直に語ってくれた。

 普通の女性が持つであろう未来への希望や不安。それは、今の私からは失われてしまった、眩しいもののように感じられた。

 相槌を打ちながら、ただ静かに彼女の話に耳を傾ける。それは、治療師としてではなく、ただ一人の人間として、彼女と向き合う時間だった。

 彼女の強い生命力、そして私への純粋な感謝の念が、じんわりと伝わってくる。その感覚は、悪くなかった。


 その日の夜、私は自分の部屋に戻り今日の出来事を反芻していた。

 リリアさんの回復した姿、彼女の笑顔……。確かな成果を実感すると同時に、心のどこかで、まだ完全ではない、という思いも燻っていた。

 あの薬は進行を止め、改善を促したが、根本的な「治癒」に至ったわけではない。再発の可能性も十分にある。


 改めて命脈の書(ルート・オブ・ライフ)を開き、「石人化病」に関連する項目を再確認した。以前は莫大なコストが表示されるだけで、手が出せなかった項目……。だが、もう一度アクセスしてみると——


——表示が、変わっていた。


【石人化病根本治療薬 合成法】

  ┣ 知識習得: 5,000,000 [効能:進行性組織硬化の原因となる代謝異常を根本的に是正する]

  ┣ 使用: 1,000,000

  ┗ 生成解放: (非表示)


……根本治療薬。コストは五百万。以前は表示されていなかった情報が、そこにはっきりと記されていた。

 なぜ、今になってこの情報が現れたのか? 私のレベルが上がったからか? それとも、関連知識を習得したことでアクセスできる情報が増えたのか? ……理由は定かではない。


 だが、事実は一つ。石人化病を「根本的に」治す道筋が示されたのだ。コストは莫大で、材料も常軌を逸している。だが、可能性はゼロではなくなった。

 私は、リリアさんの笑顔を思い出しながら、静かに本を閉じた。私の目指すべき道は、やはり、この本の完全解放以外にはないのだ、と改めて確信した。そのためには、さらなる価値と、知識が必要となる。改めて実感した。


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