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第53話 心の処方箋

 ルント市を騒がせた施療団内部での感染症騒ぎは、急速に終息を見せていた。

 街への大規模な感染拡大という最悪の事態は避けられた。それに伴い、予防のためにミーナの店で飛ぶように売れていた石鹸やマスクの需要も、少し落ち着きを見せていた。


 施療団の内部がどうなっているのか詳しい情報は入ってこない。

 街の噂によれば、今回の件で「祈りだけでは限界がある」と考える改革派(疑問派)の声が強まり、保守派との間で対立が激化しているらしい。

 ネイルがどう動いているのかは不明だが、情報屋によれば、彼は最近、施療院での仕事の合間に噂の「遠方の薬」について熱心に調べ物をしているらしい。


 私自身は、毛織物商の夫人——身体的な異常が見当たらないにも関わらず、原因不明の倦怠感や頭痛、呼吸困難感に悩まされていた——の治療に新たなアプローチを試みていた。


 彼女の症状は、私が現代で学んだ知識に照らし合わせれば、「心身症」——つまり、精神的なストレスや負担が、身体的な症状として現れている状態——に酷似していた。

 この世界の医学では、おそらく「気のせい」や「怠け病」として片付けられてしまう類のものだろう。


 命脈の書(ルート・オブ・ライフ)にも、この種の症状に直接的に対応する特効薬のようなものは見当たらない。だが、私の持つ「基本医療知識」の中には、精神医学の基礎も含まれているはずだ。


 私は、薬による治療ではなく、まず「対話」による治療を試みることにした。定期的に彼女の元を訪れ、急かさず、否定せず、ただひたすらに彼女の話に耳を傾ける。

 家庭のこと、夫の仕事のこと、日々の小さな悩みや不安……。最初は戸惑っていた彼女も、私が真摯に耳を傾けるうちに少しずつ心の内を吐露してくれるようになった。

 特別な助言をするわけではない。ただ、誰にも打ち明けられなかった思いを言葉にし、受け止めてもらうだけで、彼女の表情が少しずつ和らいでいくのが分かった。


 数週間後、彼女の身体症状は、それだけでもいくらか改善の兆しを見せていた。

 だが、長年の苦しみを完全に解きほぐすには、まだ時間がかかるだろう。そして、時には薬物の助けも有効なはずだ。現代医学では、精神的なバランスを整えるための様々な薬が開発されている。この本にも、そういった知識があるのではないか?


 私は本を開き、『神経・精神疾患』のカテゴリーを探した。そして、見つけた。


【精神安定・抗不安薬(基礎)合成法】

  ┣ 知識習得: 500,000 [効能:不安感、抑うつ気分、不眠などを緩和する複数種の基礎的な薬剤知識。副作用、依存性に注意が必要]

  ┣ 使用: (各薬剤ごとに設定)

  ┗ 生成解放: (各薬剤ごとに設定)


 知識習得コスト、五十万。今の私の資産からすれば十分に支払える額だ。これを習得すれば、心身症だけでなく、他の様々な精神的な不調にも対応できる可能性が広がる。

 私は迷わず「知識習得」を実行した。精神に作用する薬物の複雑な化学構造と、その繊細な作用機序に関する知識が流れ込んでくる。


 後日、私は自ら調合したごく少量、かつ最も副作用の少ないタイプの精神安定薬を、例の夫人に処方した。もちろん、これはあくまで補助的なものであり、対話によるケアが中心であることも強調した上で。

 さらに数週間後、彼女は、見違えるように元気になった。「長年の霧が晴れたようだ」と、心からの笑顔で私に感謝し、約束の対価を支払ってくれた。


 心身症という、これまでとは異なるアプローチが必要な治療を成功させ、さらに新たな知識(精神科薬)を得た。

 私の対応できる範囲は、また広がった。そして、手元の価値も、再び大きな目標へと近づいている。


 私は、次なるステップを見据え、静かに思考を巡らせていた。



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