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第50話 静かな感謝

 あの治療師が、息子のために薬を求めて私の部屋を訪れてから数日が静かに過ぎた。

 あの一服は、効果を発揮したのだろうか? 息子さんは元気になったのだろうか。そんなことをふと考えながら、次なる高額依頼に繋がりそうな情報の収集や、命脈の書(ルート・オブ・ライフ)の知識の整理——に集中していた。


 そんなある日の朝。いつものように部屋の扉を開けると、足元に小さな布包みが置かれているのに気づいた。

 昨日までは確かになかったものだ。警戒しながら拾い上げ、中を開けてみる。そこには、見覚えのある空の小瓶——抗菌薬の瓶——と、折り畳まれた羊皮紙の切れ端が入っていた。


 羊皮紙を広げる。書かれていたのは、たった一言。


 ——『感謝する』


 震えるような、しかし、丁寧な文字だった。ただそれだけ。名前も、署名もない。


 ……そうか。効いたのだな。そして、彼は約束を守った。


 私は、その簡潔なメッセージに込められた意味を理解した。彼は息子の命を救われ、そして、私の「関わりたくない」という意思を尊重し、この形で感謝だけを伝えてきたのだ。

 静かに羊皮紙を畳み、空の薬瓶と共に懐にしまい込んだ。安堵した、というよりは、一つの懸案事項が片付いた、という乾いた感覚だけがあった。



 街の動向、特に施療団内部の情報を得るために、再び商人ギルド裏手の情報屋の元を訪れた。今回は、少し奮発して金貨一枚(価値一万)を対価として提示し、より深い情報を要求する。


「施療団の中が、本格的に割れ始めてるみたいだぜ、嬢ちゃん」


 情報屋は、金貨の輝きに目を細めながら、満足そうに語り始めた。


「例の熱病騒ぎ……あれで、若い連中や改革派みてぇな連中は、完全に上層部に不信感を抱いたらしい。『祈りだけじゃ駄目だ』ってな。一方で、古株の連中は意固地になって、『信仰が足りんから奇跡も起きんのだ』とか『異端の治療法などに頼ったのが間違い』とか言って、ますます排他的になってる」

「派閥ができている、ということですか?」

「ああ、そうだ。表立った動きはまだねぇが、水面下では完全に二つに割れてる。古参の『現状維持派』と、ネイル様を中心とした『疑問派(改革派)』ってところだろうな」


 ネイルが、その中心に……。彼の理想主義が、ついに組織内部の変革へと向かわせているのか。だが、それは同時に、彼を危険な立場に置くことにもなりかねない。


「それでな、施療団の動きで、一つ気になる噂があってな……」


 情報屋は、さらに声を潜めた。


「その『疑問派』の連中がだ……例の薬草店の娘さん——ミーナちゃんを、自分たちの側に引き込もうとしてるらしい」

「……!」

「『彼女の知識と実践こそ、我々が進むべき道だ』とか言ってな。施療団の名前と、それなりの支援を約束して、彼女を核にした新しい治療拠点を作る……そんな計画まであるとかねぇ」


 ミーナを、新しい治療拠点の核に? 施療団の分派とはいえ、彼女を表舞台に引きずり出そうというのか。

 それは、絶対にまずい。彼女は、私が裏で支えている存在だ。彼女が施療団のどちらかの派閥に深く関われば、いずれ必ず、私との繋がりが露見する。そうなれば、ミーナ自身も、そして私の計画も、全てが危険に晒される。


「……貴重な情報をどうも」


 私は、内心の焦りを押し殺し、情報屋に礼を言ってその場を離れた。

 施療団の内部対立は、私には関係ない。だが、その火の粉がミーナに降りかかろうとしているのなら、話は別だ。疑問派の狙いは何だ? 純粋にミーナの力を評価しているのか、それとも、その背後にいるかもしれない「師匠」——つまり私の存在を探るためか?


 いずれにせよ、ミーナを守らなければならない。そして、この状況を、あるいは利用できる可能性はないか……?

 私は、迫りくる新たな火種と、それによって生まれるかもしれない機会とを天秤にかけながら、次にとるべき行動について、思考を巡らせ始めていた。

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