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第42話 揺らぐ信仰

 ルント市に、静かだが確実な変化の兆しが見え始めていた。

 それは、長年この街の医療を担ってきたはずの、聖ルカ施療団に対する空気の変化だった。


 きっかけは二つ。


 一つは、私——イロハの存在だ。富裕層限定とはいえ、「施療院では匙を投げられた難病が、法外な対価で治った」という噂は、良くも悪くも人々の耳目を集めずにはいられない。

 ここ数ヶ月の間に、私はさらにいくつかの困難な依頼を成功させていた。例えば、特殊な鉱物が原因と思われる呼吸器疾患に罹った老舗ギルドの元締めや、原因不明の視野狭窄に苦しんでいた引退貴族など……。

 いずれも、私が本の「知識習得」や「使用」で対応した治療によって劇的に改善し、その度に莫大な価値(お金)が私の元へ転がり込んできた。

 もちろん、それに比例して「悪徳」「金次第」という悪評も高まったが、同時に「施療団では無理でも、あの娘なら……」という、ある種の最後の希望としての認識も生まれつつあった。


 そして、もう一つのきっかけは、皮肉なことに、私が裏で支援しているミーナの薬草店だった。

 私が提供する改良された薬草は、安価でありながら、施療院で処方される薬湯などよりも遥かに効果が高かった。

 ミーナ自身の真摯な対応も相まって、彼女の店は、特に庶民層から絶大な信頼を得るようになっていたのだ。


「ミーナちゃんとこの薬なら、あんなに長引いた咳がすぐに楽になったよ」

「施療院で何日も祈ってもらった熱が、ミーナちゃんとこの薬ですぐに下がったんだ」


 市場や井戸端で、そんな声が公然と交わされるようになっていた。それは、施療団への感謝の言葉とは明らかに違う、具体的な「効果」への賞賛だった。


 結果として、人々の中に、漠然とした疑問が生まれ始めていたのだ。


「……結局、お祈りだけじゃ、病気は治らないんじゃないか?」

「施療院はありがたいけど、本当に困った時には……」

「ミーナちゃんみたいな薬草屋の方が、よっぽど頼りになるかもねぇ」


 長年、絶対的な権威として存在してきた聖ルカ施療団への信仰と信頼が、少しずつ、しかし確実に揺らぎ始めている。

 その変化を、私も街を歩く中で肌で感じるようになっていた。施療院の周りに集まる人の数が、以前より減ったような気もする。すれ違う神官や治療師たちの表情に、どこか焦りや苛立ちの色が見えることもあった。


 先日ミーナの店を訪れた際、彼女もその変化を感じているようだった。


「師匠、最近、お客さんから施療院の愚痴みたいなのを聞くことが増えたんだ……。それに、この前みたいに直接じゃないけど、時々、施療団の人が遠くから店の様子を窺ってる気がして……」


 ミーナは少し不安そうに言った。施療団も、自分たちの評判の変化には気づいているのだろう。そして、その原因の一端がミーナの店にあることも。


「大丈夫です。あなたは、これまで通り、誠実に人々を助けてあげてください。何かあれば、私が必ず守りますから」


 私は彼女を安心させるように言ったが、内心では警戒を強めていた。施療団が、この状況を黙って見過ごすとは思えない。


 部屋に戻り、蓄積した価値を確認する。

 この数ヶ月の依頼で、手元の価値はさらに増えていた。これで、また新たな知識を得られる。本を開き、目指すべき項目を探す。『高度内科治療学』……『整形外科的治療(基礎)』……あるいは、外科手術をより確実に行うための『滅菌手術環境生成』や『高度麻酔技術』の「生成解放」か……。どれも、莫大なコストが必要だ。


 施療団の評判が落ち、私の評判が悪評と共に上がる。それは、私にとっては好ましい状況でもある。なぜなら、それだけ私を頼る「高額な依頼」が増える可能性があるからだ。だが、同時に、それは施療団という大きな組織からの、より強い反発や干渉を招くことにも繋がるだろう。


——面倒なことになる前に、さらに力をつけなければ。


 私は、次なる「知識習得」の目標を定め、必要な価値を計算し始めた。街の空気の変化など、私の目的の前では些細なことだ。今はただ、力を得るために、進むしかない。

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