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第41話 誓い

 新たに「健胃整腸薬」の知識を得て、その薬をミーナに託してから数週間が過ぎた。

 私は相変わらず、高額な対価を支払える依頼人を探し、時折舞い込む難病の相談に応じては、本の力を使って治療し、価値(お金)を蓄積する日々を送っていた。


 その日、次の依頼に繋がる情報を求めて、情報屋の露天商の元へ向かう途中、市場の片隅で耳にした会話に、私は思わず足を止めた。


「おい、聞いたか? 職人街の薬草店の娘さんの話」

「ああ、ミーナちゃんだろ? 最近、あそこの薬はよく効くって大評判だもんな。特に腹痛の薬とか」

「だろ? それでな、なんと、聖ルカ施療団の、あのネイル様が直々に店を訪ねて、『うちに来ないか』って勧誘したらしいんだよ!」

「なんだって!? あのネイル様が!? そりゃすごい!」

「ああ。だが、その娘さん、きっぱり断ったそうだぜ。『私には別に師事している方がいるから』ってな」

「へえ……大したもんだな。施療団からの誘いを断るなんて」


——ミーナが、ネイルから、施療団への誘いを? そして、断った?


 予想外の展開に、私はしばしその場に立ち尽くした。施療団が彼女に目を付ける可能性は考えていたが、まさかネイル自身が直接勧誘に行くとは。そして、ミーナはそれを、私の存在を理由に断った……。


 情報屋に会うのも忘れ、私は気づけばミーナの店へと足を向けていた。確かめずにはいられなかったのだ。


 店の暖簾をくぐると、ちょうど客が途切れたところだったのか、ミーナが一人で薬草を整理していた。私の姿を認めると、彼女は一瞬驚いた顔をしたが、すぐにいつもの笑顔になった。


「あ、師匠! どうしたの、今日は早いね」


 店の奥へ通され二人きりになる。私は単刀直入に尋ねた。


「ミーナさん。先ほど、市場で聞きました。聖ルカ施療団の方が、あなたを勧誘に来た、というのは本当ですか?」


 私の問いに、ミーナは「えっ」と声を上げ、少し顔を赤らめた。


「……う、うん。そうなの。数日前に、ネイル様が……」

「ネイルさんが、直々に?」

「うん。『君の薬草の知識と、人々を助けたいという気持ちは素晴らしい。ぜひ施療団で、より多くの人のために力を貸してほしい』って……。すごく、丁寧にお話ししてくださって……」


 彼女の声には、戸惑いと、少しの誇らしさが滲んでいる。


「それで……あなたはどう答えたのですか?」


 私が核心を突くと、ミーナは背筋を伸ばし、きっぱりとした表情で私を見つめ返した。


「もちろん、断ったよ!」


 彼女は、まるで宣言するように言った。


「『お誘いは光栄ですが、私には既に、心から尊敬し、教えを受けている師匠がおりますので、他の方に師事するつもりはありません』って! はっきり言ったんだ!」


 その瞳には、一点の曇りもない。私への、揺るぎない信頼と忠誠心。


「だって、そうでしょ? 私が今こうして、たくさんの人を助けられるようになったのは、全部師匠のおかげなんだから! 師匠を裏切るようなこと、絶対にできないよ!」


 その真っ直ぐすぎる言葉に私は思わず目を伏せた。嬉しい、という気持ちがないわけではない。だが、それ以上に、彼女のこの純粋さが、私の進む道とのあまりの乖離に、胸が締め付けられるような思いがした。


「……そう、ですか。よく、決断しましたね」


 私は、なんとかそれだけ言うのが精一杯だった。


「うん! だから、心配しないで、師匠!」


 ミーナは、私の内心の動揺など露知らず、にっこりと笑った。


私は彼女に、改めて念を押した。


「あなたのその気持ちは受け取っておきます。ですが、ネイルさんはともかく、施療団の上層部がどう考えているかは分かりません。あなたの店の評判がこれ以上上がれば、また何か干渉があるかもしれない。十分に注意してください。そして、私との関係は、絶対に……」

「分かってる! 絶対に秘密にする!」


 ミーナは、力強く頷いた。


 薬を受け取り店を出る。ミーナの忠誠心は心強い。だが、それは同時に、彼女を危険に晒す可能性を高めたかもしれない。

 施療団——特に、ネイル以外の保守的な勢力が、彼女の存在、そしてそれを師事する存在を、快く思わない可能性は十分にある。


 ルント市の空を見上げ、小さく息をついた。進むべき道は決まっている。だが、その道は、ますます複雑さを増していくようだ。



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