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第40話 交わらぬ道

 ルント市における私の評判は、日を追うごとに奇妙な二極化を見せていた。

 富裕層や、私が手掛けた難病患者の家族の間では、「他に治せる者がいない病を、法外だが確実に治す謎の治療師」として畏敬の念と共に語られるようになった。

 実際にダリウス氏やロレンツォ氏が快復した事実は、彼らのコミュニティの中では疑いようのない「奇跡」として広まっているらしい。紹介状を携えて私の元を訪れる者は後を絶たなかった。


 一方で、大多数の一般市民の間での私の評判は最悪の一途を辿っていた。「金持ちしか相手にしない冷血漢」「法外な金をふっかける悪徳医者」「得体の知れない術を使う魔女紛い」——市場や井戸端で聞こえてくるのは、そんな悪意に満ちた囁きばかりだ。

 私が軽い症状の患者を門前払いし続けていること、そして実際に高額な対価を要求していることが、尾ひれをつけて広まっているのだろう。


 その対極にあったのが、ミーナの薬草店だった。


 私が提供している改良版のキズハ湿布や、効果の高い感冒薬は、庶民の間で絶大な評判を呼んでいた。「あそこの店の薬はよく効く」「ミーナちゃんは親身になって話を聞いてくれる」「施療院よりずっと頼りになる」——そんな声が、私が活動する路地裏だけでなく、市場全体にまで広がり始めていた。


 彼女の店は、以前とは比べ物にならないほど多くの客で賑わうようになっていた。


 その日、薬の補充のためにミーナの店を訪れると、彼女は店の奥で、少し思い詰めたような表情で私を待っていた。二人きりになると、彼女は意を決したように口を開いた。


「やっぱり街での師匠の噂……許せないんです! 師匠は……こんなに頑張っているのに!」

「この間も言いましたが、これでいいんです」

「でも! 師匠が私に薬をくれて、それでどれだけの人たちが助かってるか、みんな知らないんだ! 私、ちゃんと説明したい! 師匠は本当は……!」


 ミーナは、目に涙を浮かべて訴えかけてくる。彼女の純粋な善意と、私への信頼が痛いほど伝わってきた。だが——。


「ミーナさん。その必要はありません」


 私は、静かに、しかしきっぱりと首を振った。


「私の評判など、どうでもいいことです。私がどう思われようと、やるべきことは変わりません」

「でも……!」

「いいですか、ミーナさん。私がなぜ、高額な対価を得て、難しい治療ばかりを引き受けているか。それは、そうしなければ手に入らない『力』——どんな難病でも治せるようになるための知識や技術——があるからです。それを手に入れるためには、今は、回り道をしている余裕はないのです」


 全てを話すわけにはいかない。だが、私の覚悟の一端は伝えなければならない。


「あなたが、その薬で助けている人々……彼らは、私が今のやり方を続けていては、決して手を差し伸べられない人たちです。あなたの役割は、非常に重要です。だから、私との繋がりは隠し通し、あなたの手で、できる限りの人々を助け続けてください。それが、今の私たちにできる、最善の方法なのです」


 私の真剣な言葉に、ミーナは反論できず、ただ俯いて唇を噛みしめていた。悔しさと、やるせなさと、そしてわずかな理解が、彼女の中で渦巻いているのだろう。


「……うん。わかった……。師匠が、そう言うなら……」


 ミーナは涙を堪えながら私を見上げて頷いた。彼女のその健気さに、一瞬だけ胸が締め付けられるのを感じたが、すぐに表情を引き締めた。そして、新しい薬の包みを彼女に手渡す。


「それから、これも。最近、お腹の調子が悪いという人も多いでしょう? これは、食あたりや消化不良、軽い腹痛によく効く薬です。これもあなたが扱ってください」


 これは、先日私が新たに「知識習得」した「健胃整腸薬」を、早速自作したものだ。これもミーナの店の品揃えに加えれば、さらに多くの人を助けられるだろう。


「え……こ、こんなものまで……ありがとう、師匠……!」


 ミーナは驚き、そして心からの感謝の表情でそれを受け取った。

 彼女の存在は、私の計画の重要な一部であり、同時に、私の凍てついた心の、唯一の逃げ場なのかもしれない。だが、感傷に浸ることは許されない。


 私は、次なる目標——数百万単位の価値を必要とする知識の習得——を見据え、再び「悪徳医者」の仮面を深く被り直した。


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